写植機誕生物語 〈石井茂吉と森澤信夫〉 第56回 【茂吉と信夫】海図専用機の設計依頼
マイナビニュース / 2024年12月17日 12時0分
フォントを語る上で避けては通れない「写研」と「モリサワ」。両社の共同開発により、写研書体のOpenTypeフォント化が進められています。リリース開始の2024年が、邦文写植機発明100周年にあたることを背景として、写研の創業者・石井茂吉とモリサワの創業者・森澤信夫が歩んできた歴史を、フォントやデザインに造詣の深い雪朱里さんが紐解いていきます。(編集部)
○新しい写植機の開発
5大印刷会社では実用に値せずとお蔵入りしてしまった邦文写真植字機だが、1930~31年 (昭和5~6) にかけて2台導入した海軍水路部では順調な成果を上げていた。2台目の導入からしばらくすると、今度は「海図製作用の専門写真植字機をつくれるか」と依頼があった。2台目の納品が1931年3月20日だから、1931年なかば (5、6月ぐらいか?) ごろのことだろうか。 [注1]
写真植字機研究所に茂吉をたずねてやってきたのは、海軍水路部の技官・松島徳三郎だ。彼は依頼の背景をこう語った。
「現状では写真植字機で打った文字を海図に貼りこんだり、手書きしたりしているが、能率が悪い。海図専用の写真植字機で図面に文字や数字を直接打ちこめるようになれば効率がよいし、品質も上がる」
松島は、さらにつけくわえた。
「その専用写真植字機でできた作品を、1933年 (昭和8) にニューヨークで開催される世界水路会議に持参して、発表したいのだ」 [注2]
海軍水路部はこのころ、製版や印刷の新技術研究に積極的に取り組み、さまざまな展覧会に海図などを出品してその成果を示していた。たとえば1932年 (昭和7) には白木屋でおこなわれた「上海博覧会」、浅草松屋「メートル法及び家庭博覧会」、新宿三越「船の博覧会」、遊就館「兵制60周年記念博覧会」といった催しのすべてに出品している。 [注3]
松島の話を聞いた茂吉の顔は、輝いた。邦文写真植字機の注文はぱったりと止まっていたし、いくが営んでいた神明屋はすでに番頭にゆずり、その収入もなくなって、写真植字機研究所の経済状況はますます圧迫されていた。一刻もはやく本機の改良を進めなくてはならない状況ではあったが、茂吉にはあたらしい開発に対する技術家としての使命感があった。しかも、基本的には従来の写真植字機の暗箱機構に工夫をくわえればよいはずだ。 [注4]
茂吉はさっそく信夫にこの話をし、彼の構想も伝えた。あたらしい機械の開発には目がない信夫である。
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