写植機誕生物語 〈石井茂吉と森澤信夫〉 第57回 【茂吉と信夫】底の見えない溝
マイナビニュース / 2025年1月7日 12時0分
茂吉は信夫の暴挙に一度は驚いたものの、仕事への責任がある。すぐに助手を一人雇い、あらためて設計に着手した。
半年ほど経ったころだから、1932年 (昭和7) のなかばから後半だろうか。茂吉の設計図は完成した。
「海図専用写植機の設計図ができたから、見てくれないか」
茂吉は信夫に頼んだが、信夫はかぶりを振って「あなたのようなえらい人がやった図面ですから、私なんかが出る幕じゃありません」と言い、とうとう一目も触れなかった。
○まぼろしに消えた機械
信夫が焼き捨ててしまった海図専用写真植字機は、こんなしくみだった。四六全紙 (788×1081mm) がかかる大きな2本のロール (円筒) を使用し、1本のロールには海深図の原図、もう1本のロールは暗箱内にセットしてフィルムまたは印画紙を巻く。2本は左右同一運動し、また、前後はロールを正逆回転させるようにする。原図のロールには見当合わせを設け、明るい場所で見当合わせを見ながら写植を打っていくというものだ。
いっぽう、茂吉の海図専用写植機は、平面にした暗箱の上に鉛筆で文字を仮記入した図面を置き、暗箱のなかには図面と同じ大きさの写真乾板を入れる。オペレーターは望遠鏡のような拡大装置で仮記入された文字を読みながら、その位置に印字する。現像後、その写真乾板と図面を重ねて刷版に焼きつけ、印刷するという構想だった。
茂吉の設計図は1932年 (昭和7) ごろに完成したが、いよいよ製作のための予算を計上しようというときになって、陸海軍の定期大異動があった。海軍水路部では、松島の上司でこの仕事の推進役でもあった国生技術部長と、神田製図課長らが転出してしまった。
後任の担当官はまったくの門外漢で、未知のことに手を出そうとはしなかった。松島に設計を依頼されてから1年あまりかけて取り組んでいたにもかかわらず、海図専用写植機の開発はけっきょく実現せず、試作もできずに終わることとなった。
なお、海軍水路部の松島徳三郎は、このときのことを後年、こんなふうに語っている。
〈その当時、海図の文字を写植でやったほうが良いというので、設計を芹沢氏 (筆者注:森澤氏のまちがい) が作ってきたんです。それで石井さんが後からやったんですが、一応中止になってしまいました。手で書いているよりは、写植を使ったほうが早いではないかと研究を進めてきていたんですが、やはり製図との関係で中止というようなことになってしまいましたんです…〉[注1]
○沈黙の逆効果
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