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『光る君へ』源倫子がまひろを見つめるシーンに視聴者最注目 第44話画面注視データを分析

マイナビニュース / 2024年11月24日 6時0分

X(Twitter)には、「倫子さま、相変わらず笑い方が怖い。声は無いのに」「倫子さまは何も語らないけれど、どう考えてもまひろと道長の関係を察しているよね」「道長を挟んでまひろと倫子さまが並ぶと冷たいものを感じるな」「倫子さま開き直ったからかな、貫禄がすごい」などと、腹の見えない倫子に底知れぬ恐怖を感じた視聴者からのコメントが多数集まった。結局、今回は倫子による爆弾投下はなく、セリフもない一瞬の表情による演技で多くの視聴者を恐怖に陥れた倫子の存在感には目を見張るものがある。

『紫式部日記』には1008(寛弘5)年、「菊の着せ綿」を倫子が紫式部に贈ったというエピソードがある。「菊の着せ綿」は菊の香りや露を綿に染み込ませたものであり、アンチエイジング効果があるとされていた。当時は非常に高価なものであり、そんな貴重な品を贈るということは2人はかなり親しい仲だったのだろう。この年といえば、敦成親王が誕生した年。娘である彰子が皇子を生むきっかけを作った功労者である紫式部に、お礼として贈ったものだったのだろうか。

●道長、未曾有の一家三后を成し遂げる
2番目に注目されたのは20時32分で、注目度79.1%。道長が未曾有の一家三后を成し遂げたシーンだ。

三条院(木村達成)が崩御し後一条天皇(橋本偉成)が即位すると、三条院の第一皇子である敦明親王(阿佐辰美)が東宮となるが、後ろ盾にとぼしい敦明親王は、自ら東宮の座を降りることを願い出た。そのため太閤・藤原道長の孫であり、後一条天皇の弟である敦良親王(立野空侑)が東宮となった。

そして1018(寛仁2)年、道長の四女・藤原威子が中宮となったことを祝う宴が土御門殿で催された。道長の長女・藤原彰子が太皇太后、次女・藤原妍子が皇太后、そして威子が中宮となり、3つの后の地位を道長と倫子の3人の娘が占めた。まったくもって前例のないことである。

ここに道長の栄華は極まったといえるが、当の娘たちの表情は一様に暗かった。「今日のよき日を迎えられたこと、これに勝る喜びはございません。心より御礼申し上げます」道長は3人の娘たちにそう申し述べるが、妍子は「父上と兄上以外、めでたいと思って居る者はおりませぬ」と冷たく言い放つ。「これで頼通も、摂政として伸び伸びと政ができましょう。お后様方のおかげにございます。心より感謝申し上げます」道長は妍子の言葉を無視して続けた。「頼通が、よりよき政を行えるよう願っておる」今や国母であり太皇太后となった彰子が形ばかりの返答をするが、妍子と威子は憮然(ぶぜん)としたままだ。道長はそんな3人に頭を下げた。

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