香取慎吾のイメージを変えた『薔薇のない花屋』 主人公とSMAP解散後の姿にオーバーラップも
マイナビニュース / 2025年1月8日 11時0分
しかし、第1話終盤でいきなりその設定を覆すような衝撃の事実が視聴者に明かされる。衝撃的な展開は90年代から続く野島らしいところだが、この明かされた事実が回を追うごとにラブストーリーとしての純粋さにつながり、視聴者に切なさを感じさせていった。
ネタバレを避けるためにこれ以上は書かないが、その事実を知った上で当事者たちがどんな心境になり、どんな選択をしていくのか。英治と美桜、さらに英治に花の知識を授ける菱田桂子(池内淳子)なども含め、目の前の人を思うがゆえの言動に引き込まれていく。
●当時は知られざる香取の繊細な演技
そんな野島の手がけるシビアながらも愛情がにじむ物語は、当時『Dr.コトー診療所』(フジ)を手がけて称賛を集めていた中江功監督の映像とも相性抜群だった。
英治と雫、英治と桂子、雫と担任教師・小野優貴(釈由美子)、英治と喫茶店マスター・四条健吾(寺島進)などの関係性はどれも温かく、一方で安西病院長のにじみ出るような怒り、亡き雫の母・瑠璃(本仮屋ユイカ)が語りかけるビデオ映像などは不穏さで満ちている。
その意味で当作は、相反するムードを同居させることに長けた脚本家と演出家がガッチリ組むことで、「『温かい世界観が好き』『不穏な世界観が好き』な視聴者の両方を引きつけられる」という好例だろう。
○周囲の人々の愛情を感じながら前へ進んでいく
もう1つ特筆すべきは、香取の新たな一面が引き出されていたこと。当時、香取は人気アイドルであり、元気いっぱいのキャラクターが浸透していたが、当作ではまだ知られていないセンシティブな魅力を感じさせた。
英治は雫と慎ましくも穏やかな暮らしを送りながらも、暗い過去を持つため常に伏し目がちで声も小さい。加えて、知らぬ間に復讐の標的にされ、身動きが取れなくなっていく様子が、視聴者に重苦しさを感じさせていた。
今から思えば、そんな英治の姿はまるでSMAP解散後の歩みを暗示するようなものと言っていいのかもしれない。苦境に追い込まれながらもそれを受け入れ、周囲の人々の愛情を感じながら自分と向き合い始め、一歩ずつ前へ進んでいく英治と香取をオーバーラップさせたくなってしまう。
男女と親子、両者を取り巻く人々の愛情あふれる人間模様に、危うげなサスペンスやミステリーをミックスさせた物語はエンタメ性が高く、令和の現在、このタイプのドラマは少ない。
白一色の銀世界で撮影され、主題歌の山下達郎「ずっと一緒さ」が流れるタイトルバック、春の雪解けを感じさせ「見続けてよかった」と納得できる結末も含め、冬の一気見をおすすめしたくなる作品だ。
日本では地上波だけで季節ごとに約40作、衛星波や配信を含めると年間200作前後のドラマが制作されている。それだけに「あまり見られていないけど面白い」という作品は多い。また、動画配信サービスの発達で増え続けるアーカイブを見るハードルは下がっている。「令和の今ならこんな見方ができる」「現在の季節や世相にフィットする」というおすすめの過去作をドラマ解説者・木村隆志が随時紹介していく。
木村隆志 きむらたかし コラムニスト、芸能・テレビ・ドラマ解説者、タレントインタビュアー。雑誌やウェブに月30本のコラムを提供するほか、『週刊フジテレビ批評』などの批評番組にも出演。取材歴2000人超のタレント専門インタビュアーでもある。著書に『トップ・インタビュアーの「聴き技」84』など。 この著者の記事一覧はこちら
(木村隆志)
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