映画『ゼロ・グラビティ』大ヒットに見る「3D映画」の現状 - 冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代
ニューズウィーク日本版 / 2013年10月29日 10時54分
では、これで改めて良質な3D映画の制作がブームになったり、改めて家庭用の3Dソフトが売れたりするのでしょうか? そう簡単ではないと思います。『アバター』から『ゼロ・グラビティ』に4年かかっているという事実は重たいと思うのです。
『アバター』という作品が本格的な3D映画時代の幕開けになったのは、勿論、空中を浮遊する島という独特の世界観を表現したからですが、その『アバター』の冒頭では、無重力状態の中で浮遊する1つの水滴で「3Dの世界」への幕が開かれます。この水滴ということでは、今回の『ゼロ・グラビティ』でもある重要な意味合いを持つ「水滴の浮遊」が表現されるのですが、「3Dによる水滴の浮遊」という映像表現に別の意味が与えられるのに4年かかっているわけです。
その4年間に、芸術という意味での映像表現として3Dが何を達成してきたのかというと、『アバター』の浮かぶ島、『ヒューゴの不思議な発明』における少年の孤独感や、そして今回の『ゼロ・グラビティ』における宇宙空間の表現と地球からの「隔絶感」くらいでしょう。アニメの中では『トイ・ストリー3』での「オモチャのキャラクター」を3D化した表現が、「リアルな空間以上の超現実性を持ってくる効果」は素晴らしかったと思います。
後は数多くのアクション映画で、空間に浮かぶコンピュータディスプレイの派手な表現とか、アクションの表現といった「擬似リアリズム」が主で、3Dならではの新鮮な映像表現、つまり現実以上の現実感を持たせる「マジック」というのは、本当に少しずつしか生まれてきていないのです。
考えてみれば、『アバター』の成功に驚いた日本と韓国の家電メーカーは、一気に3D対応のディスプレイがビッグビジネスになるとして大騒ぎしたわけですが、現在では通常の製品の多くが付加的な機能として3Dにもなるというだけで、テレビという製品カテゴリの「コモデティ化」を防止する決定打にはなりませんでした。そのような4年という時の流れの中で、肝心の3D映像表現というのはそれこそ一歩一歩コツコツと進んできただけなのです。
その一方で、クリストファー・ノーラン監督(『バットマン』三部作、『インセプション』など)や、日本のスタジオジブリなど「物理的には2Dの映像を通じて、3Dの心理的効果を得る」ような表現に価値を見出す中で、物理的な3D技術とは距離を置く考え方もあるわけですが、私は3Dの映像表現には、まだまだ可能性はあると思います。
「仮想の3D映像」が「現実以上の現実感」を生み出すには、まだまだ試行錯誤が必要なのだと思います。映画界は、3D映像の録画・再生というインフラは生み出しましたが、それを使って豊かな表現を創造するだけの文化はまだ生み出していません。ハードが先行して、ソフトは決定的に遅れているのです。そんな中で、キュアロン監督の今回の『ゼロ・グラビティ』は一見の価値のある作品に仕上がっていると思います。
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