レバノン、壊される宗派共存の知恵 - 酒井啓子 中東徒然日記
ニューズウィーク日本版 / 2013年11月23日 13時14分
オバマ政権がシリア攻撃を主張したとき、中東専門家のほとんどがそれに反対した。その理由はただ外国の軍事介入がケシカラン、というだけではない。国際的関心が軍事介入や化学兵器問題ばかりに集中して、本質的な問題の解決が却って遠のくからだ。
その懸念は、残念ながら当たっている。軍事攻撃を実施するにしてもしないにしても、とりあえず化学兵器問題には国際社会が対処した、というアリバイが作られただけで、本来の問題であるシリア内戦自体には、一向に解決の方策は見出されていない。
最も深刻なのは、嫌な形の宗派対立が確実に広がっていることである。11月19日、シリアの隣国、レバノンのイラン大使館が爆破された。アルカーイダ系とされるスンナ派武装組織のアブドゥッラー・アッザーム旅団が犯行声明を出し、レバノンのシーア派組織ヒズブッラーがシリアから手を引くように、イランに警告したのだ。
シリア内戦が混迷している原因に、アサド政権をイランとヒズブッラーが支援し、反政府勢力をサウディアラビアやカタールが支援するという、シーア派イラン対スンナ派サウディアラビアの代理戦争の側面があることは、よく知られている。それがレバノンに波及して、今年8月に、ヒズブッラーのベイルート事務所が爆破され、その後報復でトリポリのスンナ派モスクが爆破された。だが、代理戦争の片方の主役であるイランが直接攻撃対象となったのは、初めてである。
だが、筆者が「嫌な形」というのは、代理戦争のことではない。
アッザーム旅団が犯行に及んだ日は、シーア派信徒にとって最大の宗教行事であるアーシューラーの直後だった。アーシューラーは七世紀、シーア派の三代目イマーム、フセインがスンナ派のウマイヤ朝軍に惨殺され殉教したことを追悼する行事だ。そんな時期を選んでの攻撃とは、極めて強い反シーア派色が伺える。
この種の、相手宗派の記念となるような時期、儀式を狙って攻撃する手法は、イラク戦争以降のイラクでよく見た。戦後シーア派の諸宗教行事が解禁となると、まさにイマーム・フセインの墓廟のある聖地カルバラーは恰好のターゲットとなり、2004年戦後初めての行事で爆破されて170人以上が死亡した。その後毎年のように、アーシューラーとアルバイーン(フセイン殉教の四十日後の喪明けの儀礼)では、全国から集まるシーア派信徒を狙った攻撃が発生する。
イラク人たちは、武装勢力の挑発に乗らないように自制し続けたが、2006年2月、同じくシーア派聖地のサマッラーの聖廟が爆破されて、自制のタガが飛んだ。以降、無差別の宗派紛争が激化し、毎月3000人近い死者が出、国民の1割が国外に逃れる内戦に突入したのだ。
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