レバノン、壊される宗派共存の知恵 - 酒井啓子 中東徒然日記
ニューズウィーク日本版 / 2013年11月23日 13時14分
嫌な形の宗派主義を掲げる武装勢力の問題は、それが異なる宗派の人々の間で、これまでなんとか自制し対立をコントロールしてきた、その社会のメカニズムを次々に破壊していることだ。イラクでは、良くも悪くも世俗主義を掲げ、宗派を乗り越えた国民アイデンティティーのもとで共存していこうという意識が、戦後もしばらくは維持されていた。それを、宗派対立を煽り、無秩序空間を広げて自派の勢力を拡大しようという武装勢力の活動が、壊していった。
そして今レバノンで破壊されようとしているのは、15年間続いた内戦を経てようやく定着してきた宗派間の多極共存体制である。異なる宗派が狭い土地に住むという環境のなかで、レバノン人たちは戦いを経験しながらも、なんとか共存するすべを模索してきた。つまり、「それぞれの宗派に生まれ、その違いは否定できないけれども、差異を踏まえて国民として共存する」ことである。
それが、現在煽られている宗派対立と異なるのは、今のそれが「自分の宗派しか容認しない」不寛容な宗派主義だからだ。武装勢力は、同じ場にいる者たちとの共存を前提にしていない。
そのような発想が生まれるのは、この種の「嫌な」宗派対立をもたらす武装勢力が海外から流入したものだからである。イラク戦争のあと、戦後の無法地帯を狙って各国から不寛容な宗派主義者がイラクに流入した。その後、内戦を経て宗派で分断されたイラクがなんとか落ち着きどころとして目指したのが、レバノン型の宗派ごとの利益配分である。そのために、海外から流入したものたちを追い出すことは、急務だった。
そうして追い出された者たちが流れ込んだのが、シリアである。そしてレバノンへと向かい、今度はレバノンの共存関係を揺るがしている。代理戦争の最大の問題は、共存を前提にしない勢力を、対立の場に持ち込むことだ。
かつてイラクが確立した世俗モデルと、今のレバノンがたどり着いた共存モデルが壊されたら、その後には、何が残されるのだろうか。
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