肉体の苦痛こそ究極のアートだ
ニューズウィーク日本版 / 2014年1月17日 10時40分
それは不可解としか言いようがない光景だった。
ロシアの首都モスクワ。全裸の男が赤の広場に座り込んでいる。よく見ると、男の陰嚢は石畳の路面にくぎで打ち付けてある。うつむいて股間をのぞき込む男は、今にも「苦痛」という名の赤ん坊を産み落そうとしているようだ。
これはアーティストのピョートル・パブレンスキー(29)が昨年11月半ばにレーニン廟前で行ったパフォーマンス『くぎ付け』。ロシアが「警察国家」に堕したことに抗議するアートだ。
「現代のロシア社会の無力感、政治的無関心」を表現するために行ったと、パブレンスキーは公開メッセージで述べている。「政府がこの国を巨大な牢獄にし、人々から盗んだカネで抑圧的な組織を肥大化させ富ませている。社会はこれを黙認し、自分たちには多数派の強みがあるのに行動を起こそうとせず、警察国家を勝利に導きつつある」
パブレンスキーが自虐による抗議を行ったのはこれが初めてではない。パンクバンドのプッシー・ライオットの逮捕に抗議して唇を縫い合わせたこともある。昨年5月には『死骸』と題したパフォーマンスで、サンクトペテルブルクの市議会前に全裸で鉄条網にくるまって横たわった。
ロシアの「警察記念日」に行った『くぎ付け』は、現場到着後1分ほどで衣服を脱ぎ捨てて決行。すぐさま警官が駆け付け、30分後には救急隊員がくぎ抜きで大きなくぎを抜き、パブレンスキーは病院に運ばれて応急処置を受けた。逮捕され、翌日釈放されたが、公序良俗違反に問われて有罪となれば最高5年の懲役が科される。
エスカレートする自虐
パブレンスキーの行為はパフォーマンスアートの中に脈々と流れる自傷表現の伝統に根差したものだ。その元祖は自身の体をキャンバスや画材に見立てた一群の先駆的なアーティストたち。彼らは自分の体を縫い、くぎを刺し、ホチキスで留め、果ては銃弾で撃たれるなど、ありとあらゆる行為を試みてきた。
89年に全裸になって自分の男性器を縫い上げて、木のブロックにくぎ付けにしたボブ・フラナガン。彼は人々が見守るなか、BGMに反戦歌「天使のハンマー」を流してジョークを飛ばしながらこの作業をやってのけた。
フラナガンが追求したのはマゾ的な快楽と癒やしであり、先天性の難病(嚢胞性線維症)を背負った自身の生の意味を問うことだった。彼は96年に43歳で亡くなるまでこの病に苦しんだ。
フラナガンにとって観客の反応は二の次だった。彼はおぞましい行為を通じて、苦痛がもたらす歓喜を探り、愛と生、そして肉体の極限に迫ろうとした。
-
- 1
- 2
この記事に関連するニュース
-
武力行使を伴わない外交はロシアに通用しない…プーチンの侵略を止めるために西側諸国がやるべきこと
プレジデントオンライン / 2024年5月5日 10時15分
-
フランスでもガザ反戦デモ拡大、警察が校舎占拠の学生排除
ロイター / 2024年5月4日 6時41分
-
鈴木亮平は肉体と精神を極限まで役に近づける「変態」なのだ【今週グサッときた名言珍言】
日刊ゲンダイDIGITAL / 2024年4月14日 9時26分
-
プッシー・ライオット創設者による自伝&“生き方の指南書”=『Read & Riot』の翻訳本!ナージャ・トロコンニコワ『読書と暴動 プッシー・ライオットのアクティビズム入門』(野中モモ訳)4月発売!
PR TIMES / 2024年4月10日 15時15分
-
プッシー・ライオット創設メンバー、ナージャ・トロコンニコワがその全貌を明らかに『読書と暴動 プッシー・ライオットのアクティビズム入門』
NeoL / 2024年4月10日 11時0分
ランキング
-
1NATOの中国大使館爆撃から25年、習主席「悲劇を繰り返してはならない」
AFPBB News / 2024年5月8日 15時14分
-
2ロシア、ウクライナのエネルギー施設に大規模攻撃 被害深刻
ロイター / 2024年5月8日 18時32分
-
3米連邦裁判事13人、コロンビア大出身者の採用拒否
ロイター / 2024年5月8日 10時42分
-
4ウクライナ人男性3人、ルーマニア国境の川で水死 徴兵逃れか
AFPBB News / 2024年5月8日 11時34分
-
5中国がカナダの選挙に執拗に介入、情報機関が警告
ロイター / 2024年5月8日 12時59分
複数ページをまたぐ記事です
記事の最終ページでミッション達成してください