肉体の苦痛こそ究極のアートだ
ニューズウィーク日本版 / 2014年1月17日 10時40分
自傷行為は意識を覚醒させる神秘体験ともなると、批評家のシンシア・カーは言う。「それを見てカタルシスを感じる人もいれば、気分が悪くなる人もいるが、深く感動する人もいる」
ただし、パブレンスキーの場合は、「メディアの注目を引き、ロシアの政治的現状を訴えたいという明白な意図があった」と、南カリフォルニア大学演劇大学院のメイリン・チェン准教授は指摘する。ネットにアップされた衝撃映像があっという間に世界中の人々に共有される今、こうしたパフォーマンスは大きな反響を巻き起こす。
『くぎ付け』 レーニン廟前で警察国家・ロシアに抗議するパブレンスキー Maxim Zmeyev-Reuters
パフォーマンスアートの草創期は70年代だ。オブジェの制作に飽き足らなくなったアーティストたちがこの時期、自身の肉体に目を向けだした。彼らは体制に揺さぶりをかけ、気取ったブルジョアにショックを与えるために過激な行為に走った。そのルーツは19世紀末フランス文学の退廃的風潮(死とセックスなどタブーとされるテーマを好んで取り上げる)にまでさかのぼる。
71年には早くも人々を騒然とさせるパフォーマンスが決行された。クリス・バーデンが観客の見守るなか、助手にライフルで自分の左腕を撃たせたのだ。バーデンはその3年後にはフォルクスワーゲンの車上にあおむけになり、手をくぎでルーフに打ち付けた。ほかにもガラスの破片が散らばる床を半裸ではう、切れた電線を胸に押し付ける、溺れるといった行為も行った。
70〜80年代にも、マリーナ・アブラモビッチ、ジーナ・ペインらが次々に自傷行為や極限的なパフォーマンスに挑んだ。94年にはロン・エイシーが腕に皮下注射針、頭に鍼灸治療用の針を刺し、血の付いたペーパータオルを観客の頭上に渡したひもにつるすパフォーマンスを行った(エイシーがHIV感染者であるために、この行為は物議を醸した)。
テーマは政治から命まで
こうしたアーティストは苦痛と危険と快感が背中合わせになった世界に身を置き、観客から不快や嫌悪、欲望や共感、驚きといった反応を引き出そうとする。心身の極限を探る点は共通だが、テーマはそれぞれ異なる。
「多くのアーティストは自己の内面の奥深くに潜む何かに突き動かされてこうした表現をする」と、カーは説明する。
エイシーのパフォーマンスは宗教的な儀式の意味合いを持ち、フラナガンの行為は生に対する問い掛けだが、パブレンスキーが赤の広場で行ったのは政治的な抗議だ。陰嚢を地面に打ち付ける行為がアートだろうかという問いに、カーはあっさり「彼がそれをアートと呼べば、それはアートだ」と答える。
だが、その行為でロシアの現状が変わるだろうか。「これだけ衝撃的なものを見れば、人々はロシアで何が起きているか考えるだろう。その意味では、彼の狙いは既に達成されている」と、チェンは言う。
ロシアのアーティスト、オレグ・クリークは「(パブレンスキーを)何と呼ぼうと構わないが、頭がおかしいとは言わせない」と語っている。「彼をおかしいと言う人のほうがおかしい。彼は今のロシアで唯一まともな神経の持ち主と言ってもいい」
それにしても、そのパフォーマンスがあまりに過激なことはカーも認める。「あそこまでやってしまうと、次に何をするかちょっと見当がつかない」
血みどろの拷問じみたパフォーマンスはなぜか絶えることなく続いてきた。その豊穣な流れをくむパブレンスキーはさらなる苦痛の極致へと向かうだろう。
アビゲール・ジョーンズ
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