イラクの細分化が始まるのか - 酒井啓子 中東徒然日記
ニューズウィーク日本版 / 2014年2月6日 12時42分
イラク政府は、これでイラクにいる戦士たちはシリアに行ってくれた、と甘く考えたのかもしれない。だが、マーリキー政権のスンナ派政治家いじめの結果、アンバール県住民の政府離れが明らかになると、戦闘員たちはシリアからイラクに駆けつけ、せっかく追い出したはずのアルカーイダが、アンバールに舞い戻ったのである。一年前頃から、アンバールでの反政府デモでは、シリアの反政府組織、「自由シリア軍」の旗がはためく様子が報じられている。
アンバール県からファッルージャを切り離すというのは、反乱の温床を分割して鎮圧しやすいように、という発想だろう。上記の四県のうち、三つがスンナ派住民の多い県だということを考えれば、スンナ派地域の分断工作を狙った政策であることは、明らかだ。スンナ派のなかでも、いつまでも政府の手に負えない地域は、できるだけ細かくして置いてきぼりにする、という考えが、見え隠れする。
政治的目的で県を露骨に改変する、というのは、70年代半ば以来のことで、独裁の悪名高きフセイン政権時代ですら、露骨すぎて反発を招くとして、やらなかったことである。(もっとも、隣国クウェートを併合してイラクの「19番目の県」にするという、国際的に大ヒンシュクを買うことはやったけれど)。
フセイン政権時代にこうした細分化の手法を取らなかったのは、中央政権が圧倒的な力で、刃向う地方勢力を弾圧したからだ。今のマーリキー政権は、刃向う勢力を叩き潰すこともできないし、かといって懐柔する工夫もない。結局、手におえない地域だけを切り離して、手におえる地域だけで前に進む。安定しているクルド地域や南部のシーア派地域には、どんどん外国企業が進出している。
どうも、この傾向は、近年の中東での紛争全般に、みられる。シリア内戦がそうだ。政府軍、反乱軍ともに、、領域を面として支配することができず、町、地区、街区と細かい点でしか支配できない。その小さな点を一歩でもでたら、目と鼻の先に敵がいる。それを前提に、分断された点が横に交わらず、固定化される。
その状況は、イスラエル占領下のパレスチナが最初かもしれない。占領地のパレスチナ人社会に、ユダヤ人入植地が点在し、その間に高い壁を作ることで、お互いに「敵」を見えないようにする。衝突を避けることはできるが、そこから共存は生まれない。つまり、そこに地域や宗派や民族の違いを乗り越えた「国民」は生まれない。
むりやりにでも「国の一体性」にこだわってきたイラクの現代史が、県の細分化によって、その流れを変えるのではないだろうか。内戦期に危惧として囁かれてきたのは、イラクが民族、宗派で「三つに分かれるのではないか」ということだったが、ことはもっと深刻である。分かれ始めたらどこまで細かくなるかわからない、という未知の不安が、始まったからだ。いや、シリアで起きていることを考えれば、それは決して未知の杞憂とは言えなくなっているのかもしれない。
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