映画『TATSUMI』の「昭和」で刺激的な世界へ
ニューズウィーク日本版 / 2014年11月11日 16時4分
一風変わったシンガポール映画『TATSUMI マンガに革命を起こした男』が11月15日に日本公開される。マンガ家・辰巳ヨシヒロの5つの短編と、自伝的作品『劇画漂流』(09年に手塚治虫文化大賞受賞)を組み合わせてアニメーション映画化したものだ。監督はシンガポールのエリック・クー。20年来の辰巳ファンという彼の敬愛が全編にあふれている。
辰巳は戦後にマンガ家として活動を始め、50年代に「劇画」というスタイルを生んだ中心人物。マンガを超えたリアリスティックな作風と大人向けのテーマを持つ劇画には多くの人が夢中になり、一種の劇画ブームも生まれた。その後、辰巳本人は劇画を離れ、社会の底辺に目を向けた作品へと転向していく。80年代以降は日本よりもむしろ海外で高い評価を得ており、79歳の今も現役で活動を続けている。
『TATSUMI』にオムニバス形式で登場する短編(『地獄』『いとしのモンキー』『はいってます』など)が描くのは戦中・戦後・高度成長期の風俗や、そこで苦悩する庶民の姿。ちょっと暗くて辛らつで「昭和」の匂いがする、『月刊漫画ガロ』を思わせる世界だ(辰巳自身もかつて作品を載せていた)。特に、若い世代に見てほしい作品でもある。
今回の映画化で、辰巳への恩返しをしたかったというクー監督に話を聞いた。
──辰巳作品との出会いは?
かれこれ20年以上も前になるが、友人が先生の短編集をくれた。当時、私自身がマンガを描いていて、いろいろなマンガを読んでいた。でも、こんなに素晴らしいものは読んだことがないと思った。まさにぶっ飛んだ。自由に流れるような作風に魅せられたし、登場人物がとんでもなく面白い。
すっかりファンになったが、実際にどんな人かは知らなかった。それが『劇画漂流』(08年)で興味深い半生を知り、もう眠れないほどに取り付かれてしまった。「これは先生のために何かやらなきゃ」「ずっと先生の作品に触発されてきたのだから、そのお礼がしたい」と思った。
先生の作品はコマ割りが映画的で、読んでいると映画の場面が浮かんでくる。それで先生の自伝と、先生が生んだ劇画というムーブメントの歴史、そして私が好きな劇画作品をからめた映画を作ろうと思った。
──彼の半生を描くドキュメンタリーとして考えた場合、知人のインタビューや過去の映像を織り交ぜるという手法もある。しかし、劇画のみで構成したのはなぜか?
先生の人生を称えるようなもの、その短編作品を称えるものにしなければならない、と思ったから。私はそれまで人に聞かれても、アニメーションはやらないと言ってきた。でもこの作品については、アニメーション以外はありえなかった。彼のビジュアルセンスが、僕は大好きだからね。
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