ケインズの時代が終わり、マルクスの時代が始まる - 池田信夫 エコノMIX異論正論
ニューズウィーク日本版 / 2015年1月7日 17時8分
原油価格は1バレル50ドルを切り、2009年以来の水準になった。昨年11月のコアCPI(生鮮食品を除く消費者物価)上昇率は年率0.7%に下がったが、今年中にはCPI上昇率はゼロになるだろう。日銀の大規模な量的緩和で上がらなかった物価が、原油安で下がったのは皮肉である。
黒田総裁の本当のねらいは円安にあったと思われるが、これも裏目に出た。昨年の貿易赤字は史上最大になり、せっかくの原油安も、ドル高で半分ぐらい帳消しにしてしまった。黒田氏の信じている一国ケインズ主義は、もう終わったのだ。
ケインズ理論では、通貨供給で物価水準を動かし、為替レートで経常収支が動かせることになっているが、グローバル化した世界ではこういうコントロールはきかない。資本がネットワークで世界を移動するからだ。資本収益率も金利も、新興国との競争で世界的に低下している。日銀の力だけで「デフレ脱却」はできないのだ。
これは大きくいうと、主権国家というシステムの終わりの始まりだ。この概念ができたのは1648年のウェストファリア条約だが、神聖ローマ帝国の300以上の領邦が「至上の主権」をもつというのは矛盾していた。主権国家が制度的に確立したのは、第1次大戦後である。
マルクスとエンゲルスは1848年に『共産党宣言』で「ブルジョア階級は産業の足元から民族的土台を切り崩し、伝統産業は破壊されて新しい産業に駆逐され、この新たな産業の導入がすべての文明国民の死活問題となる」と、グローバル資本主義の到来を予言したが、それは19世紀には遠いユートピアだった。
第1次大戦で国家の経済に対するコントロールが強まり、1930年代の大恐慌でケインズ主義が勝利した。戦後のブレトン=ウッズ体制で管理通貨制度になり、社会主義国は経済を全面的に国家管理した。国家が金融・財政政策で経済を支配する体制が、1950年代に完成したのだ。
しかし管理通貨制度のコアである固定為替相場制度は1970年代からゆらぎ始め、各国の政府が財政政策で総需要をコントロールするケインズ政策は、財政赤字の膨張とスタグフレーションで困難になった。そして1990年代に社会主義が崩壊し、東欧や新興国にグローバル化の波が広がった。
第1次大戦から社会主義の崩壊までの80年間を、イギリスの歴史家ホブズボームは、短い20世紀と呼んだ。それはマルクスの予言したグローバル資本主義という大きなトレンドの中の、一時的な揺り戻しだったのかもしれない。OECD(経済協力開発機構)諸国の人口は、まだ世界の総人口の18%である。「地球的」という意味でグローバルな資本主義は、ほとんど始まったばかりなのだ。
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