なぜ人手不足なのに賃金が下がるのか - 池田信夫 エコノMIX異論正論
ニューズウィーク日本版 / 2015年5月14日 18時37分
2012年末に安倍首相が登場して「デフレ脱却」を掲げ、彼の指名した日銀の黒田総裁が2%のインフレ目標を宣言してから2年がたった。しかし3月末の消費者物価上昇率(生鮮食品・消費税分を除く)は年率0.2%。今後ゼロからマイナスになると予想され、デフレに逆戻りだ。昨年の成長率は0%で、民主党政権のときより悪い。いったい「アベノミクス」とは何だったのだろうか。
そんな中で安倍政権が唯一の成果として誇っているのが、雇用の改善である。たしかに3月の完全失業率は図のように3.4%と前月から0.1%改善し、ほぼ完全雇用といっていい状態になった。
完全失業率と正社員率の推移(出所:労働力調査)
しかしよく見るとわかるように、完全失業率はリーマン・ショックで2009年に大きく上がったあと、2010年から下がり始めている。2010年といえば民主党政権に交代した直後で、その後は2011年の東日本大震災の後に大きく下がった。これは復興需要によるものだろうが、2012年にはやや上がった。
アベノミクスが始まった2013年には、失業率はやや上がったあと下がったが、全体の低下率は民主党政権の時代とほとんど変わらない。つまり雇用の改善はアベノミクスのおかげではなく、リーマン・ショックで急激に悪化した景気が回復した循環的な現象なのだ。
しかし失業率が下がるということは労働需要が増えるということだから、賃金は上がるはずだ。ところが3月の実質賃金は前年比-2.6%となり、23ヶ月連続でマイナスになった。政府の懸命の「賃上げ要請」にもかかわらず、春闘相場も不発だった。なぜ雇用が改善して一部では人手不足ともいわれるのに、賃金は下がるのだろうか?
この原因を理解するには、ちょっと経済学の勉強が必要だ。賃金は労働サービスの価格だから、全体としての平均賃金が上がるのは、労働市場全体で供給が不足するような雇用水準を超えたときだ。これは失業率ゼロの「完全雇用」ではなく、構造的な要因でそれ以上は下がらない水準で、これを自然失業率と呼ぶ。
これまで日本の自然失業率は3.5~4%といわれていたので、3.4%という水準はかなり低い。これは循環的要因に加えて、構造的な要因に変化が起こったためと考えられる。5月の日銀の展望レポートでも、構造失業率(自然失業率)を3~3.5%と推定しているので、失業率はまだ下がる余地がある。
自然失業率が下がった第一の原因は、労働力人口(15~64歳)の減少である。特に2010年代に入って団塊の世代が大量に退職したため、労働力人口は2013年には1.4%、14年には1.5%と大幅に減った。失業者は労働力人口と雇用者の差だから、「労働力人口の減少で失業率が下がる」というのは長期的には正しい。
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