自衛官に「ゼロリスク」を求める野党と「安全神話」を守る政府 - 池田信夫 エコノMIX異論正論
ニューズウィーク日本版 / 2015年5月28日 13時5分
国会で、安保関連法案の審議が始まった。聞いていて既視感を覚えるのは、野党が「自衛官を海外派遣すると、戦争に巻き込まれて死傷するリスクがある」と追及し、政府側が「自衛隊は安全な任務に限定する」と答弁するやりとりが繰り返されることだ。こういう論争は、どこかで聞いたことがないだろうか?
かつて原子力について、同じような論争があった。「原発事故のリスクがある」という住民に対して、政府は「原発は絶対安全だ」と強調し、事故が起こったときの危機管理体制を考えていなかった。「事故は起こらないと信じれば起こらない」という安全神話のおかげで、福島第一原発事故が起こってから民主党政権はドタバタと対応し、大混乱になった。
原発のリスクはゼロではなく、ゼロにする必要もない。自衛官のリスクも、ゼロではない。自衛官は、戦争が起こったら死ぬのが仕事だ。彼らのリスクをゼロにするには、自衛隊を解散するしかない。警察官や消防隊員のリスクをゼロにするには、犯罪や火災を放置するしかない。
野党は「自衛隊を中東に派遣すると、中東に在住する日本人がテロの被害を受ける」という。これもゼロリスクにするには、中東に在住する日本人をすべて帰国させるしかない。それより大きな問題は、中東の安全が国民生活と密接に関連していることだ。
安倍首相が具体的に言及したケースは、ホルムズ海峡が機雷封鎖された場合である。原発がすべて止まったままで、ホルムズ海峡が封鎖されたら、輸入される原油の80%、天然ガスの20%が止まる。エネルギー価格は暴騰し、また計画停電になる可能性もある。そのとき日本政府が「自衛官の命が危ないから」といって掃海艇を派遣しなかったら、国民生活は破壊される。
野党が質問するのは、日本がアメリカの戦争に巻き込まれるリスクばかりで、日本が攻撃されるリスクは何も考えていない。自衛官が安全な勤務だけやっていて、尖閣諸島が占領されたとき、アメリカは助けてくれるのか。北朝鮮でクーデタが起こって「第2次朝鮮戦争」になったとき、自衛官のリスクはゼロにできるのか。
戦後70年、日本が平和だったのは、平和を願っていたからではない。冷戦体制の中で、アメリカが核の傘で中国やソ連の攻撃を抑止していたからだ。1950年の朝鮮戦争のときも、米軍基地がなかったら日本は戦場になっていただろう。軍事同盟の目的は戦争を起こすことではなく、戦争を抑止することにあるのだ。
最近は中国の軍備増強で、「新たな冷戦」ともいうべき緊張が東アジアで高まっている。北朝鮮は数百発のミサイルを配備し、自衛隊のスクランブル(緊急発進)は10年間で7倍に増えた。アメリカがアジアから撤退する姿勢をみせる中で、権力の空白ができると、それを埋めるのは中国の海洋進出だ。
今のように日米同盟が片務的なままでは、有事に対応できない。4月に日米で合意した自衛隊と米軍の防衛協力の指針(ガイドライン)では、日米の共同作戦計画を立てることになっており、いざというとき日本が「自衛官が危ないから」といって作戦を拒否することはできない。
戦争で自衛官の生命を心配する野党の平和ボケは重症だが、安全神話を守ろうとする政府の姿勢も危険だ。戦争は起こらないと信じても起こる。戦争が始まってから、それに対応する法案を国会で審議するわけにはいかないのだ。考えるべきなのは自衛官のリスクではなく、国民のリスクである。
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