混迷極める中東情勢、自力の枠組み構築は不可能に
ニューズウィーク日本版 / 2015年7月3日 18時34分
残忍なテロ組織ISIS(自称イスラム国、別名ISIL)はイラクとシリアの広大な地域を事実上制圧し、リビアやエジプトのシナイ半島でも版図を広げている。
ナイジェリアのイスラム武装組織ボコ・ハラムなどのグループがISISに忠誠を誓い、タリバンが束ねていたアフガニスタンの過激派組織もISISになびいている。彼らはレイプと略奪の限りを尽くす。抵抗する者は生き埋めにされ、焼かれ、溺死させられ、首をはねられる。女性たちは青空市場で性的奴隷として売り飛ばされる。とても21世紀の話とは思えない。
一方で、国際テロ組織アルカイダ(懐かしい名前だ)系の中で最も危険とされるイスラム教スンニ派系過激派「アラビア半島のアルカイダ(AQAP)」も、勢いを増している。彼らは西洋社会を攻撃する機会をうかがい、混乱を糧にしてきた。
そのAQAPに「貢献」しているのがサウジアラビアだ。サウジアラビアは内戦状態のイエメンで反政府組織への空爆を主導しているが、その無謀な作戦はAQAPが渇望する混乱を生み出し、世界でもとりわけ貧困に苦しむ国で、人権を深刻な危機にさらしている。
サウジアラビアにとって、空爆はイランに対するメッセージだ。イエメンでクーデターを起こしたイスラム教シーア派武装組織ホーシー派を、サウジアラビアはイランの追従者と見なしている(これはこれで稚拙な判断なのだが)。イランはアルカイダより大きな敵というわけだ。
イエメンでは、サウジアラビアが思うほどイランの影響力は強くないかもしれない。一方で、イランがシリアのアサド政権の強力な後ろ盾であることは間違いない。イラン革命防衛隊のカッサム・スレイマニ司令官はシリアの戦地を頻繁に訪れ、アサド政権を支持する民兵組織を指揮している。
20世紀に学んだ「教訓」
激しい宗派対立が中東地域の大部分を支配し、地政学的な対立と安全保障がシーア派対スンニ派の図式で語られる。敵味方はさながら月替わりだ。かつてはカタールとサウジアラビアが対立し、サウジアラビアとトルコの間は冷え切っていたが、最近はこのスンニ派3カ国がイランに対抗している。
エジプトでは、選挙で選ばれたモルシ大統領が13年に軍によるクーデターで失脚。今年6月、死刑判決を受けた。現在、大統領に就任しているのは、軍のトップで国防相を務めていたシシだ。
要するに、中東は混乱を極めており、地域の安全保障と外交の枠組みを自力で構築することはもはや不可能だ。世界の大国による、実質的で慎重な外交努力が求められている。
中東が重要な地域である理由は、石油だけではない。対立が悪化して拡大すれば、やがて大国を巻き込むと、私たちは20世紀に学んだはずだ。
ISISなど過激派との戦いは、軍事的にもイデオロギー的にも消耗戦だ。地域の包括的な枠組みだけでは倒せないだろう。しかし、イランやサウジアラビアが次々に代理戦争の火を放てば、世界は危険にさらされる。
ナポレオン戦争で混乱したヨーロッパは、1814年に始まったウィーン会議で新たな国際秩序を築いた。オーストリアの外相として会議を主宰したメッテルニヒのような政治家は、現代の中東にはいない。
ここで、日本は独自の役割を演じることができる。日本政府とサウジアラビア政府の関係はかなり良好で、イラン政府との結び付きも強い。日本は双方から信頼を得ている数少ない国として、地域の外交および安全保障の枠組みづくりを主導すれば、全体として受け入れられやすいだろう。
欧米や中国にも果たせる役割はあるが、先頭に立つのは日本が最適だろう。リスクの高い外交戦略だが、力強い外交姿勢を発信すれば、日本が地政学の主役に復帰したというのろしになり、アジアを代表する民主主義国として歓迎される。
[2015.7. 7号掲載]
アフシン・モラビ(本誌コラムニスト)
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