人民元をSDR構成通貨にさせた習近平の戦略
ニューズウィーク日本版 / 2015年12月2日 16時30分
もう一つの原因は、なんといっても根本的には険悪な日中関係にあるだろう。
習近平政権が、あれだけ声高に歴史カードを日本に突き付けてくれば、日本人の嫌中感情は高まる一方だ。それは当然、日本企業の中国との取引を手控える重しになっている。
それでいながら、このたび『毛沢東 日本軍と共謀した男』を出版してみて、いかに(一部の)日本人が中宣部のプロパガンダに洗脳されてしまっているかを知った。「毛沢東が日中戦争時代、日本軍と共謀していたなんて、そんなことを言っていいのだろうか」という「自制心」を持っている日本人が多いのだ。中にはこの厳然たる事実を「デマ」だと誹謗する者もいるのには驚いた。
左であれ右であれ、日本人はもっと自分自身の思想的殻を抜け出し、自由な思考を発展させなければならないだろう。
客観的事実を日本人自身が認め、中国にも堂々と歴史を直視することを求め、それを国際社会に知らしめていくことは喫緊の課題だ。
やがてアメリカを抜いて世界のナンバー1に昇りつめたい中国は、戦後のドル基軸体制から、「人民元基軸体制」へと国際金融界を持っていこうとしている。今はまだ世界一であるドルの価値を低下させるために、何とかアメリカのプレゼンスを低下させようとしている。
そのためにアメリカとの日米同盟を強固にさせている日本を標的にしている。中国はアメリカを凌駕するために、強固な同盟国である日本を叩こうとしているのだ。それは武力という手段でなく、歴史認識問題を国際社会の共通認識に持っていくことによって日本を卑しめ、アメリカのプレゼンスを低めることに真の目的があることを見逃してはならない。
だから日本は「毛沢東が日本軍と共謀していた事実」を堂々と発信していき、国際社会の共通認識に持っていくことによって、日本の存在を矮小化させないよう全力を注がなければならない。このまま放置しておけば、アジアにおける貿易や投資で人民元が優勢になり、日本は形勢不利となっていく。
歴史カードと人民元の国際化がリンクしているなど、想像はつかないかもしれないが、中国の遠大な戦略を、あなどらない方がいい。
アメリカは少なくとも、IMFで人民元がSDR構成通貨入りを拒否はしなかった。それでいながら南シナ海で対立しているようなパフォーマンスを演じている。こちらも、なかなかにしたたかだ。
人民元の国際的信用がどこまでいくかには疑問が残るものの、日本はせめてこれを契機に、反腐敗運動を権力闘争などと言って日本人を喜ばせるのは、やめた方がいいだろう。中国を見まちがえて、これ以上出遅れるのは日本にとって好ましくない。また形式上、どんなに日中友好といった交流をしても、中国の歴史認識に関する戦略は変わらないことを肝に銘じるべきだ。
[執筆者]
遠藤 誉
1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。東京福祉大学国際交流センター長、筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会科学研究所客員研究員・教授などを歴任。『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など著書多数。近著に『毛沢東 日本軍と共謀した男』(新潮新書)
※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。
遠藤誉(東京福祉大学国際交流センター長)
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