乱射事件、「イスラム教徒の容疑者」に苦悩するアメリカ - 冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代
ニューズウィーク日本版 / 2015年12月4日 17時25分
この点に関して、現在はFBIも入って夫妻のネット閲覧履歴などを捜査しているようです。現時点では、テロ容疑者に指定された人物と電話やSNSで接触していた形跡があるという報道があります。例えばですが、サウジ巡礼の際に、アルカイダなどのリクルーティングに引っかかり、過激思想に影響されて破滅への道を歩んで行った、そんな可能性も議論されています。
ネット上の量販店のサイトには、マリクが出産予定を登録してベビーグッズの買い物リストを作った記録がまだ残っています(本稿執筆時点)。また、ファルークの職場では、出産前に「ベビーシャワー」という祝いのイベントを同僚たちにしてもらっていたという証言もあります。CNNのインタビューに応じていた夫婦の隣家の女性は、「幸せそうな若夫婦でまったく何の不審な点もなかった」と証言していました。
もしかすると、文化の狭間で引き裂かれる中で、苦悩のエネルギーが良くない方向へ向かってしまったのかもしれません。その一方で、攻撃計画が先にあって、ある時点以降は「幸せな若い両親」というのは「偽装」だったというような証拠が出る可能性も否定できないのです。CNNでは最初からテロを仕掛けるために「強いられた結婚」だという説も排除できない・・・そんな議論もされていました。
こうした様々な憶測はあるものの、警察当局や大統領は極めて慎重です。例えばオバマ大統領は、事件から一夜明けた3日には「テロリズムである可能性は排除できないが、職場のトラブルという可能性も排除できない」という発言をしています。そこには、慎重さと同時に重苦しさが感じられます。
アメリカは、明らかに苦悩しています。警察もメディアも、2人の本名を発表するまで半日以上の時間を置きましたし、大手メディアはパキスタン系であることや、サウジ巡礼の話は事件翌日の昼過ぎまでは伏せて報道していました。その「苦悩」というのは、2人の真の動機を理解しかねて苦悩しているということではありません。
そうではなくて、仮に今回の事件が「イスラム教徒による原理主義テロ」であるならば、アメリカ社会の中で「移民排斥」や「イスラム教徒への偏見拡大」といった「マス・ヒステリー」に近い現象が拡大する可能性があるからです。
9・11の直後にブッシュ政権は、「イスラムとの共存」を国民に説き、国内のイスラム教徒との団結姿勢を見せながら、アフガニスタンとイラクという戦争に突き進むことで「アメリカが攻勢に出て弱みを見せない」ことが、保守層の「安心」になる政治的判断を下しました。
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