郊外の多文化主義(2)
ニューズウィーク日本版 / 2015年12月8日 15時58分
オランダでは、かつてこのFGMに関し、被施術者女性が不衛生な環境で女性器を切除され感染症などに罹患するのは人道的に看過しがたいので、せめて清潔な近代的医療設備の下で施術すべきではないかというレポートが所轄官庁から提起されたが、これに対しては、いくらオランダが寛容をモットーとしているからといって、そのような根本的に邪悪で野蛮な実践に加担することは、寛容の限界を超えているという激しい反対が起きたことさえある。
※上記のオランダにおけるFGMの事例に関しては、Obiorat, Amede L.(1997)Bridges and barricades: Rethinking polemics and intransigence in the campaign against female, Case Western Reserve Law Review, Vol. 47 Issue 2.を参照。
「リベラルな寛容の限界」という問題系は、強度の同化政策を採るフランスにおいて最も典型的に見出すことができる。フランスの公立学校(公的空間)でヴェールの着用が問題となるのは、《共和国》を支える「ライシテ(laïcité)」によるものであるが、これは「世俗性」や「非宗教性」とでも訳されるべきものであり、革命期にその淵源を有する強固な政教分離の原理なのである。
以下の歴史的経緯については、谷川稔の名著『十字架と三色旗』(山川出版、1997年)に直接あたられることをお薦めしたいが、そもそも、革命期以降のフランスには、共和国派とカトリック教会との激烈な抗争の歴史が存在しており、それは国家の世俗性(ライシテ)をめぐる闘争だったのである。ジャコバン派の衣鉢を継ぐ共和国派に対する教会の敵意は長らく持続し、20世紀に入ってからも、それぞれの側で100万人規模に達するデモを伴う運動が引き起こされている。
「三色旗[共和国派]は十字架[カトリック]の社会的・政治的影響力を根こそぎにすることには成功しなかった」ものの、「総仕上げ」としての1905年の政教分離法で「公教育におけるライシテ」というダウンを奪い、少なくとも判定勝ちを得た。ここにおいて共和国派のモラル・ヘゲモニーが確立したのである。
このような文脈を前提とする中、よりによって革命200年記念というタイミングの1989年にイスラム・ヴェール事件が発生したわけである。共和国派にしてみれば、「先人たちの一世紀以上にわたる苦闘のおかげで、ようやく三色旗のもとに十字架と共存できる社会を実現したとおもえば、今度はクロワッサン[三日月旗=イスラム]と対決するための十字軍を再組織せねばならぬとは!」と慨嘆せざるを得ない事態と相成ったのであった。
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