宇宙的スケールの造形世界
ニューズウィーク日本版 / 2016年1月4日 8時5分
このような思想的背景に支えられている蔡國強の数多くの火薬パフォーマンスのうち、特に注目すべきものは、一九九三年に実現された「万里の長城を一万メートル延長するプロジェクト」であろう。これは、万里の長城の西端からさらに西の方に二本の導火線を一万メートル延ばし、途中一キロごとに火薬の袋を配置した壮大な企画で、着火すると総体は、ところどころ火を吐く巨大な光り輝く龍となって、うねりながら這い進んで行ったという。この場合、「光り輝く龍」というのは、単なる比喩ではない。導火線は、事前の調査によって、風水思想でいう「龍脈」、すなわち地中を流れる気のルートとつながるように配置されていた。蔡の火薬の帯は、文字通り「龍脈」を伝えていたのである。
もともと龍(ドラゴン)は、西欧世界では邪悪の化身、悪魔の象徴で、闇のなかにうごめくおぞましい存在である。それ故に、絵画においても、龍は英雄や騎士に退治される恐ろしい怪物として表現されて来た。だが東洋、特に東アジアにおいては、蔡國強が繰り返し述べているように、龍は、「宇宙のエネルギーの象徴」であり、「人類、宇宙、超自然界を結びつける存在」として、昔から畏敬と尊崇の対象であった。中国や日本で数多く描かれた龍の図像が、そのことをはっきりと示している。われわれのよく知っている例では、富士山を越えて天高く昇って行く龍を描き出した北斎晩年の名作「富士越龍図」がある。このような視点から見て興味深いものとして、蔡による「昇龍:外星人のためのプロジェクトNo.2」を挙げることができる。これは、二〇〇メートルの導火線を使って、空飛ぶ龍がサント・ヴィクトワール山を登って行く跡を表現しようという奇想天外なプロジェクトである。サント・ヴィクトワール山は、言うまでもなく、晩年のセザンヌが繰り返し取り組んだ対象である。もしこのプロジェクトが実現していたら、それは西洋と東洋の優れた芸術家による異色の対話ともなったであろうと思われるが、残念ながらこの計画は、さまざまの理由により、結局実現されなかった。しかしそのために蔡が残した火薬ドローイングを見てみると、黒々とした山肌に、不意にきらめく閃光のような白い光跡が麓から山頂まで稲妻型に延びていて、見る者に鮮烈な、ほとんど脅かすような強い印象を与える。
東洋出自の龍と西欧世界とを対話させるというこの大胆な構想は、まったく違ったかたちで、一九九九年、ハプスブルク家以来の長い伝統を保ち続ける町ウィーンにおいて実現された。「龍がウィーンを観光する:外星人のためのプロジェクトNo.32」がそれである。この火薬パフォーマンスが行われたのは、多くの文化施設が集中する美術館地区で、このエリアは「歴史的な雰囲気に満ちており、文化の〝気〞が凝縮していた」と蔡は言う。そこで展開された「観光する龍」の姿は、記録写真で見るかぎり、まだ夕暮には間のある午後の青空を背景に、何台かの大型クレーンに捲きつけた導火線が、ほとんど優雅と言ってもよいほどの巨大な龍の姿を描き出している。火薬が生み出す色彩と形態の見事な調和の感覚は、造形作家として蔡の卓越した才能を充分に物語るものと言ってよいだろう。
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