宇宙的スケールの造形世界
ニューズウィーク日本版 / 2016年1月4日 8時5分
以上に述べた作品例は、蔡の多面的な活動のほんの一部に過ぎないが、その他の作例も含めて、そこに見られる共通した特色は、宇宙的とも言える構想の壮大さと、それに見合う作品スケールの大きさであろう。今回の展覧会でも、会場正面の壁を飾る火薬絵画「夜桜」は、縦八メートル横二四メートルという巨大なスケールであり、また、ベルリンの壁崩壊の記憶に触発されたというインスタレーション作品「壁撞き」では、九九頭の等身大の狼が激しく空中を飛翔し、透明なガラスの壁にぶつかって引き返すという動物たちの無言のドラマが、幅八メートル、奥行き三二メートルの空間いっぱいに展開されている。
しかし、江戸期の春画に想を得た最新作「人生四季」四部作では、四季折々の草花や鳥、あるいは季節を暗示する花札模様に覆われた抱き合う男女の姿は、外部の世界からは隔絶されて、二人だけの官能の充足に沈潜している。技法的には、火薬絵画にはじめて色彩を導入して移りゆく季節の風情をも漂わせたその見事な成果は、この画家が、大いなる自然と呼応する人間内部の奥深い世界への探究にも強く惹かれていることを示しているように思われる。
[筆者]
高階秀爾(大原美術館館長、西洋美術振興財団理事長)
1932年生まれ。東京大学教養学部卒業。パリ大学付属美術研究所およびルーブル学院で西洋近代美術史を専攻。東京大学文学部教授、国立西洋美術館館長などを経て現職。東京大学名誉教授。著書に『名画を見る眼』(岩波書店)、『近代美術の巨匠たち』(岩波現代文庫)、『近代絵画史』(中央公論新社)、『日本の美を語る』(青土社)など多数。
※当記事は「アステイオン83」からの転載記事です。
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『アステイオン83』
特集「マルティプル・ジャパン――多様化する『日本』」
公益財団法人サントリー文化財団
アステイオン編集委員会 編
CCCメディアハウス
高階秀爾(大原美術館館長、西洋美術振興財団理事長) ※アステイオン83より転載
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