サウディ・イラン対立の深刻度 - 酒井啓子 中東徒然日記
ニューズウィーク日本版 / 2016年1月6日 21時38分
2014年10月にニムル師に死刑判決が下ってから、世界中で反対運動が起きていた。アムネスティ・インターナショナルやヒューマン・ライツ・ウォッチなどの人権団体はむろんのこと、自由と民主主義を守るアメリカのシンクタンク、フリーダムハウスなど、15のNGOが死刑判決取りやめの陳情を、ケリー米国務長官に提出している。アルカーイダ系過激派の処刑とバランスを取るためにニムル師を処刑、というのはいかがなものか、というのが、国際社会の反応だろう。
そう、問題は、ニムル師の死刑執行が、国内世論への配慮とか地域覇権抗争の処理のために取られたものであるわりには、社会的にコントロール不可能なほどのインパクトを持っていることだ。国交断絶まで行ったことに危機感を抱きつつも、メディアの間には、「でももともと関係良くなかったんだし、80年代の終わりに断交したときもすぐ国交回復したし」という意見もある。確かに、「神なき世界政治の現実」に即せば、直接衝突という割に会わない行動は、両国ともに取りたくないだろう。
だが、対立がエスカレートしたあげくに何が見えてくるのか、落としどころがみえない。両国で手の内を完璧に読みあっていれば別だが、水面下で腹の探りあいができているかどうかすら、怪しい。
1988年にサウディがイランと断交したのも、サウディを訪問したイラン人巡礼団がサウディ警察と衝突し、そのあおりでテヘランのサウディ大使館が襲撃されたことが原因だが、このときはサウディ人ひとりが巻き込まれて死亡するという事件にまでなった。その後両国は91年に国交回復したが、それは湾岸戦争でイラクが世界共通の敵になったからだ。今回の断交を解くには、湾岸戦争並みの大事件がどこかで起こらなければならないのだろうか。
そもそも、サウディとイランの対立の根幹には、「王政」対「抑圧された者たちによる革命主義」がある。怖いのはシーア派ではない。抑圧されたシーア派が「抑圧されたものは立ち上がって抑圧者を倒していいんだ」というお墨付きを得て、立ち上がってしまうことだ。最初にお墨付きを与えたのは、イラン革命だ。それが、「持てる者=王政」のサウディの危機意識を煽った。次にお墨付きを与えたのが、「アラブの春」である。サウディ王政の目には、両方がごっちゃになって、シーア派=イラン=サウディの安定を脅かすもの、と映っている。
今、サウディは、対イラン包囲網形成のために、同盟国に対イラン外交関係のサウディ同調を求めている。バハレーン(サウディ以上に「シーア派=イラン」脅威論にとらわれている)とスーダンがイランと断交した。UAEやクウェートも外交関係をグレードダウンし、エジプトはサウディの決断に「理解」を示した。同じ日に、サウディがエジプトに新たな借款の提供を約束しているのが、なんとも露骨だ。
昨年12月に、サウディは「テロリズムと戦うイスラーム同盟」を立ち上げた。イラク、シリア、リビア、エジプト、アフガニスタンでの反テロ戦争を遂行するため、としているが、ISだけではない、「すべてのテロ組織」が対象であるという。
その最初の敵がイランだとしたら、深刻の度を越している。
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