「どこかおかしい」世の中を分析する2つのキーワード
ニューズウィーク日本版 / 2016年7月12日 17時41分
たしかにそう考えていけば、世の中のあらゆる物事の本質を紐解いていくことができそうだ。だから、網野善彦、福澤諭吉、吉本隆明、高坂正堯、江藤淳―らの思想家たちが遺した考察を交えながら展開される話は、ひとつひとつが興味深い。が、タイミング的な意味も含め、なかでも特に響いたのが「平和論」だった。
2015年、イスラム国による日本人殺害事件、そしてパリでの大規模なテロ事件を知らされた私たちは、とても生々しい現実と直面せざるを得なかった(最近の出来事なのでもちろん掲載されてはいないが、先ごろバングラデシュの首都ダッカで起きた人質事件もここに収められることになるだろう)。そのことを出発点として、平和のあり方を考察しているのである。しかしそれは、恐ろしい未来へと続く緩やかな階段のようにも見えるのだ。
【参考記事】イスラム過激派に誘拐された女性ジャーナリストの壮絶な話
人は誰でも殺しあうべきではないし、紛争は起きない方がよいと思っています。しかしこの「当然の正義」が、場合によってはつうじないときがある。なぜでしょうか。なぜ誰でも頷くはずの簡単なことが実現しないのか。 答えはきわめて簡単です。こちら側とあちら側で考える「正義」や「平和」の意味が全く違うからです。(120ページより)
この問題については、歯ブラシを置く場所をめぐる夫婦喧嘩をイメージすればわかりやすいと著者はいう。違う生活環境で育ち、違う生き方を身につけた者同士が、共有できる正義を粘り強くつくりあげるのが家庭生活。国際関係にもまた、同じことがいえるという解釈である。
だとすれば、みずからの善意だけを信じて平和を、防衛を、国際秩序を語るわけにはいかない。国際関係もまた二百近い他国と、その間を縫うようにうごめく原理主義集団が集う安らぎなき世界です。秩序はつねに動揺し、流動と停滞をくり返しています。壁を叩いてむこう側の意志を確認しあうように、理解困難な他者と、交渉を続けねばならない。(120~121ページより)
こののち、話題は2014年の「アベノミクス解散」、そして翌年の集団的自衛権の閣議決定へと進んでいく。ちなみに閣議決定により集団的自衛権の行使容認が大騒ぎになっていたころ、著者は新聞には目を通さず、有識者会議が提出した報告書「『安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会』報告書」を読み込んでいたのだという。
読んでいて最重要だと思われたのは、報告書が、憲法前文と第九条を関連づけて解釈していることでした。憲法前文で謳われた「平和主義」が、第九条を想起させることは言うまでもありません。驚いたのは、憲法前文が続けて「われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならない」と述べていることでした。この文章を報告書は「国際協調主義」と名づけ、平和を維持し、専制や圧迫を除去しようと努める国際社会で名誉ある地位をしめるためには、他国の苦痛を無視してはならないと解釈したのです。 つまり、平和主義と国際協調主義の二つの精神を柱に、日本国憲法は成り立っていると報告書は主張しているのです。(123~124ページより)
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