自称「救世主」トランプがアメリカを破壊する
ニューズウィーク日本版 / 2016年8月5日 15時30分
9・11テロ後、私の同僚も全米の人々と同じく恐怖と怒りにとらわれていた。私たちは敵の攻撃を防ぎたかった。自分たちの国を、家族を守りたかった。自由と民主主義の国アメリカを守りたかった。
大統領が「より有効」な尋問方法を認め、その実行を命じた――私たちはそう聞かされた。それはアメリカの法律では明らかに拷問の定義に当てはまるものだった。だが、指導部は必要な措置として認めたという。
そう言われただけで十分だった。高潔で自制心ある人々、私の敬愛してやまぬ同僚たちが一瞬もためらわず、正義感に駆られてそれを実行した。彼らは法の支配と民主主義を守ろうとして、まさにそれを破壊する行為を受け入れたのだ。
何という矛盾だろう。拷問はあっという間に実行に移され、異議を唱えれば愛国心がないと非難された。私が同僚や上司、そして大統領に異論を唱えるのには、特別な勇気が必要だった。
トランプは今、その政治的レトリックでアメリカ人に「拷問をしろ」と呼び掛けている。私たちが行ったよりもはるかに悪質な拷問だ。彼は特定の宗教を丸ごと排除せよと主張する。イスラム教徒の入国を禁止すると叫び、南米系の人々を「レイプ犯」と決め付け、不法移民を国外に退去させると豪語している。
そればかりかテロリストの家族は全員殺害すべきだと言いだし、拷問を禁じた法律があろうが米軍とCIAが拷問を渋ろうが「心配ない」と妙な安請け合いをしている。「私が命じれば、彼らはやる」と。
トランプの発言からうかがわれるのは、CIAの拷問よりもはるかに危険な野望だ。権力の暴走を防ぐシステムや法律があっても、専制的な「指導者」はいとも簡単に民主主義を破壊できる。その手法はこうだ。まずマイノリティーに対する憎悪と偏見をあおり、強権支配に警鐘を鳴らす知識人を大衆の敵に仕立てる。そしてエリートの支配を覆す大衆の戦いの先頭に立つ。
首尾よく政権を握ったらわれこそは「大衆の意思」の代弁者だと言い張る。後はそれを盾に取って自分に逆らう組織や不都合な制度を次々につぶすだけだ。
以上が、法に基づく民主的な統治を破壊する恐ろしいまでに簡単な方法だ。たった1人のポピュリズム政治家がいればすべてをたたき壊せる。
【参考記事】ライアンやマケインも敵に回し、ますます孤立するトランプ
ソクラテスの時代から
トランプはよく「いま何が起きているか知っているか」と聴衆に問い掛ける。その問いに答えるなら、トランプによる民主主義の破壊こそいま起きている危険極まりない事態だ。
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