9月2日も終戦記念日――今夏、真珠湾の記念館を訪れて
ニューズウィーク日本版 / 2016年9月3日 8時5分
ピーター・ラール氏の話によれば、調印式典で使用された長テーブルは、当初予定していたテーブルが小さすぎたために急きょ用意したものだったが、古くてひどく汚れていた。式典直前、ラール大佐は急いで船室へ降りてテーブルクロスを探した。乗組員がコーヒーを飲みながらポーカーをしているのが目に留まった。「おい、ちょっとそれを貸してくれ」と声をかけて勢いよくテーブルクロスを引っ張ると、コップに残っていたコーヒーがこぼれて茶色いしみを作った。
「父は調印式の間中、そのしみが気になって仕方がなかったと言っていました」
もっとも、ディビット・ラール大佐がもっと気がかりだったのは、日本の全権代表である重光葵外務大臣が上海時代に爆弾攻撃を受けて右脚を失っていたことだった。あの不自由な体で戦艦ミズーリ号の甲板から吊り下げた船梯をよじ登り、柵を乗り越えて甲板に移れるだろうか。安全策としては駕籠(かご)に乗せて吊り上げる方法があるが、一国の代表者の尊厳を重んじれば、そんな無様な扱いはできない。過剰な反応は非礼になるが、放っておくわけにもいかない。思案した末に、数人の乗組員を船梯の両脇に立たせ、それとなく重光全権代表の様子を見守りつつ、柵を超えて艦上に乗り込む瞬間だけ素早く手を貸すようにと指示した。
重光葵は著書『重光葵手記』(1986年、中央公論社)の中で、調印式を済ませた日の午後、天皇に拝謁したときのことを、こう記している。
「陛下は記者(重光)に対して、軍艦の上り降りは困っただろうが、故障はなかったかと御尋ねになつた。記者は先方も特に注意して助けて呉れて無事にすますことを得た旨御答へし、先方の態度は極めてビジネスライクで、特に友好的にはあらざりしも又特に非友好的にもあらず、適切に万事取り運ばれた旨の印象を申し上げた」
この「極めてビジネスライク」であった印象の裏には、ラール大佐ら米国側の必要十分、かつ押しつけがましくないよう細心の注意を払った対応があった。
【参考記事】再録:1975年、たった一度の昭和天皇単独インタビュー
戦後、ディビット・ラール大佐はマッカーサー将軍に従って日本へ赴任し、GHQの作戦担当になり、家族を呼び寄せて1年半ほど日本に滞在した。だが、1947年、マッカーサー将軍がルーズベルト大統領に宛てた親書を携え、ハワイ経由でワシントンへ向かう途中、乗っていた飛行機がハワイ沖で墜落した。その場所はサメの生息地だとされ、遺体は発見できなかった。400ページにのぼる米国陸軍の事故調査の報告書によれば、墜落原因は燃料切れだったという。だが当時8歳だったピーター少年氏の受けた衝撃は大きく、80年経った今でもまだ受け入れられずにいる。
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