シンガポール「王朝」のお家騒動で一枚岩にひび
ニューズウィーク日本版 / 2016年9月20日 16時0分
シンガポール在住のメディア関係の華人は「リー・ウェイリンが指摘していることは正当であり、妥当であり、多くのシンガポール人は共感しているだろう。しかし、彼女の指摘が大きな論争を巻き起こし、社会を変革しようという動きになるかというと残念ながら現状ではそれは難しい」と分析する。そしてその理由として(1)メディアが完全に政府にコントロールされていること(2)野党勢力を含めた「他の選択肢」が存在しないこと、の2点を挙げる。
メディアに関してはリー・ウェイリンもシンガポール国会が「判決が確定していない裁判の論評を制限する法案を可決した」ことに対し「言論の自由抑圧」だと厳しく批判、言論・報道の自由尊重を訴えている。
メディア統制にしても選挙区制度を利用した一党独裁状況(国会全89議席中、与党・人民行動党が83議席)にしても、リー・クアンユーが自らの地位と権力を盤石にするために築いた制度あり、これを打破しない限りシンガポールの変革は現実味を帯びてこない。
少数派の野党勢力に加えて、リー一族による国家運営に反発を感じながらも言論や情報統制で自由な意見表明を自己規制せざるを得ない状況に不満を抱く人々が内心で期待を寄せているのがリー・ウェイリンであり、彼女の政界進出である。シンガポールは2020年に次の総選挙を迎える。リー・ウェイリンが野党候補や自ら立ち上げる新党候補、あるいは与党候補として出馬し総選挙で既成の政治体制に挑戦することになれば、たとえ「蟷螂の斧」だとしてもそれはリー一族がリー王朝に反旗を翻すという象徴的なことになる。
シンガポール国民が「明るいのだから北朝鮮状態でもいいではないか」と現状に満足するのか「明るくても北朝鮮状態は嫌だ」と現状に不満を示すのか、次の総選挙はそうしたシンガポール人としてのアイデンティティーを模索する機会になり、変革への小さな萌芽になるかもしれない。
[執筆者]
大塚智彦(ジャーナリスト)
PanAsiaNews所属 1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など
大塚智彦(PanAsiaNews)
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