リオ五輪閉会式「引き継ぎ式」への疑問
ニューズウィーク日本版 / 2016年9月30日 16時40分
2はありうる。とはいえ「リスペクト」はそもそも「振り返る」という意味であり、それが転じて「高く評価する」「尊重する」という意味に変わった言葉だ。「オマージュ」は、かつては封建君主への忠誠を誓う儀式や行為を指した。アプロプリエーションは既存の表象システムから取り出したイメージを新たな文脈に組み込む行為である。いずれも、オリジナルは「権威あるもの」「質が高いもの」「広く知られているもの」であり、その逆はありえない。アプロプリエーションにはオリジナル批判を目的とするものもあるが、前提となる強弱、高低、有名無名という対比は変わらない。文学やマンガにおける2次創作を考えればわかるだろう。
今回のケースはどうか。作品の質は明らかに『バベル』が高い。だが、知名度(というより普及度)の点では、シェルカウイ氏が「巨大マスメディアイベント」と呼ぶオリンピックに敵うわけはない。制作費も、引き継ぎ式のほうが桁違いに大きいだろう。何よりも、パフォーマンスが行われた際にも、その後にも、「『バベル』に影響を受けた」というようなコメントは出されていない。つまり、引き継ぎ式の光るフレームを用いたパフォーマンスが『バベル』へのオマージュやアプロプリエーションだとはとても言えない。
3はありうるが、現実的には考えにくい。現に、こうして露見している。ただし、『クローズアップ現代』ではMIKIKO氏が自らのアイディアだと明言している。氏がフレームを「考え出した」というのはNHKによるナレーションだが、氏はそれを否定せず「(自身の、あるいは制作チームの)知恵」だと語っている。氏が『バベル』を知らなかった(観ていなかった)ことはありえなくはないだろうが、制作チームの同僚が知らなかったということは、1に書いた通りおよそ考えられない。「こういう先行作品がある」と誰かが言えば済んだ話だろうが、その指摘が何らかの事情でなされなかった可能性はある。
4もありうる。倫理的にはともかく、法的には問題ないという判断だろう。広告などのビジュアル表現にどこかで見たことがあるようなものがときどきあるが、ほとんどがこのケースではないか。
僕には法的なことはわからないが、ものづくりに携わる人であれば、3は言うに及ばず、4もやってはいけないことだと思う。新国立競技場問題やエンブレム問題が起こったにも関わらず、五輪組織委員会の(そしてNHKの)チェック機能は働かなかった。それはそれで大きな問題だが、それよりもやはり作り手自身の倫理を問いたい。具体の創始者である吉原治良は「人の真似をするな。これまでにないものをつくれ」とメンバーを鼓舞した。それが表現者の矜持ではないのか。
当事者がこれからどう答えようと、あるいは答えまいと、法的にOKだろうとNGだろうと、これは実に情けない事件だと僕は考える。きちんと頭を下げて謝り、あらためて『バベル』のチームに東京五輪開会式の演出を依頼するか、コラボレーションを請うたらどうだろうか。引き受けてくれるかどうかはわからないが、『バベル』の再演は、直近ではこの10月末にリンカーン・センターで行われる。引き継ぎ式の制作チームに未見の者がいるなら、JOCや五輪組織委員会の面々と一緒に、まずはニューヨークまで観に行くことをおすすめしたい。
※当記事は「REALKYOTO 小崎哲哉ブログ」からの転載です。
・小崎哲哉さんの連載コラム「現代アートのプレイヤーたち」
最新記事:アーティスツ(1):会田誠の不安、村上隆の絶望
小崎哲哉
この記事に関連するニュース
-
【舞台コラム】18歳以下は無料招待も! 子どもも楽しめる夏休みにおすすめのミュージカル&舞台
エンタメOVO / 2024年7月20日 8時0分
-
フランスの2人の異才振付家 クリスチャン・リゾー&ラシッド・ウランダンの代表作を今秋彩の国さいたま芸術劇場で上演!
PR TIMES / 2024年7月13日 16時40分
-
オペラ仕様の五輪閉会式に パリ大会のリハーサル公開
共同通信 / 2024年7月5日 5時13分
-
米沢唯、秋山瑛、佐々晴香、高橋絵里奈、小池ミモザ、加瀬栞―日本と世界のトッププリマ・バレリーナ、ダンサーの華麗な饗宴。一日限りのバレエ界オールスターガラ「横浜バレエフェスティバル」10年目記念公演開催
PR TIMES / 2024年7月4日 16時15分
-
8月9,10日ダンス公演「机上の空論」東京国際フォーラムで上演・新国立劇場バレエ団の渡邊拓朗(出演)、音楽家の江崎文武(作曲・演奏)が紡ぐ哲学的ストーリー
PR TIMES / 2024年7月2日 11時45分
ランキング
-
1米国初の女性・アジア系大統領を目指すハリス氏、手腕には厳しい評価も
産経ニュース / 2024年7月22日 19時11分
-
2バイデン氏の撤退決断、米主要紙が評価 「勇気ある選択」「米国の最良の利益」
産経ニュース / 2024年7月22日 19時34分
-
3北朝鮮エリートの脱北ラッシュ、なぜ外交官なのか…海外生活で「目覚めた」
KOREA WAVE / 2024年7月22日 16時30分
-
4南シナ海で「屈服せず」 比大統領、緊張緩和模索も
共同通信 / 2024年7月22日 22時59分
-
5バイデン氏大統領選からの“撤退表明” トランプ氏「いんちきジョーは最悪の大統領」とSNS投稿
TBS NEWS DIG Powered by JNN / 2024年7月22日 11時43分
記事ミッション中・・・
記事にリアクションする
記事ミッション中・・・
記事にリアクションする
エラーが発生しました
ページを再読み込みして
ください