トランプの「前例」もヒラリーの「心情」も映画の中に
ニューズウィーク日本版 / 2016年11月7日 15時12分
ここでのポイントは、事実の報道などどうでもいい、ということ。「狂える預言者」が「俺たちはこんなこと我慢できない!」と絶叫したあと、発作のように倒れてしまう。それを毎回の売り物にするわけですね。おかしな人がおかしなことを言うことに、みんなが目を付ける......どこかで見たことがありますよね。ドナルド・トランプそのものでしょう? トランプ氏はアメリカの政治ではありえないことを言い続けてきました。女性を誹謗中傷し、ラテン系の有権者を誹謗中傷し、アフリカ系の有権者を誹謗中傷する。このような言葉はアメリカの政治ではありえないんですね。
アメリカの政治は言っていいことと悪いことの区別が非常にはっきりしている。その中で、トランプ氏はごく普通に使われる言葉を使いながら、例えば自分に厳しいことを言った女性のニュースキャスターについて、ここで紹介するのがはばかられるような発言をする。そのような言葉をテレビで放送してはいけないのですが、それによって支持が集まってしまう。表では言えない悪口を堂々と言う。それが結果的に、これまでにない支持を集める候補をつくり出す。トランプ氏が立候補した段階で、アメリカではすぐに「『ネットワーク』みたいだ」と言われました。私はトランプ氏の原稿を書く時、ときどき『ネットワーク』のさわりを見るんですが、「本当にそうだなあ」と思いながら、「いや映画よりトランプの方がずっとひどい」と感じながら見ています。
【参考記事】対談(前編):冷泉彰彦×渡辺由佳里 トランプ現象を煽ったメディアの罪とアメリカの未来
『市民ケーン』
1941年、監督/オーソン・ウェルズ
ここでご紹介したいのですが、トランプ氏が好きだという映画が1本あります。それは『市民ケーン』。トランプ氏にしてはずいぶん教養のある選択だと思いますが、市民ケーンはオーソン・ウェルズの傑作です。主人公ケーンは親から相続したカネを潰れかかった新聞に注ぎ込む。そして新聞で世論をあおりたてる報道をして、さらに政治家に立候補して落選する。ケーンは人に愛されたいと願いながら、人を愛することができない人物。だから最後は孤独の中で死ぬことになる。言うまでもなくトランプ氏は、人に愛されることばかり考えているけれど、人を愛するということができない。チャールズ・フォスター・ケーンとトランプ氏のどこに違いがあるか、というとケーンには哀愁がある。一方のトランプに哀愁などありません。
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