英国の反EU感情は16世紀から――ビル・エモット&田所昌幸
ニューズウィーク日本版 / 2016年12月27日 18時2分
マサユキ、長くなってしまったがこの問題は複雑なのでしょうがないんだ。ここで不思議なのは、一九七五年にはイギリス人が圧倒的に加盟を支持していたのに(賛成六七%、反対三三%)、今回六月には僅差ながら離脱が多数派になった(残留支持四八・一%対離脱支持五一・九%)のはなぜかということだ。ここで現実的な問題が作用する。歴史的要因によって形成されているのは、イギリス人がEUに全く愛着を感じてはいないという態度だ。しかし一九七五年には大多数がECとの関係が必要だと考えていた。なぜなら、イギリスは経済的に弱体で(当時は「ヨーロッパの病人」とまで言われていた)、他方ドイツやフランスの経済は強力だったからだ。イギリスは当時好調だったECというプロジェクトに一枚かんでおく必要があったわけだ。しかし二〇一六年の今、過去五年に及ぶユーロ圏の一部諸国の債務危機のおかげで、大陸ヨーロッパ諸国の経済は弱体化しているのに対して、イギリスは自国経済がより強力だと感じている。経済が強力だからこそ職を求めてやってくるヨーロッパ大陸からの移民の目にはイギリスが魅力的に感じられるのだけれど、そのことが今回のEU離脱をめぐる国民投票で、離脱派有利にバランスが傾くのにも一役買ったのだろう。実のところ移民は、イギリスにとってそれほど大問題ではないのだけれど、多くのイギリス人の所得が二〇〇八年のリーマン・ショック後に低下しているタイミングでは、ポピュリストの政治家の格好の攻撃目標になってしまった。イギリスがEU加盟国である限り、EU市民の流入に制限をもうけるなどということは、(イギリス市民がEU内のどこに住むのも同様に自由なのだから)論外だ。今となっては、イギリス史上たった三度目の国民投票でEU離脱を決めたのだから、イギリスとしてはこれを具体的にどのようなものにするのかに取り組まざるをえない。政治的にも、経済的にもそして戦略的にもね。
From ビル・エモット
ビルへ
国内政治に少し目を移すと、イギリスの二大政党制はずっと日本人にはいわば目標とすべきモデルだった。でも今となっては、怪しくなった感じだ。なんといっても、保守党、労働党の両方の党首がEU残留を訴えたのに、国民投票で敗れてしまったのだから。既存の二大政党のいずれもが、十分に国民の意思を反映し集約できないし、だからといってイギリスを統治できそうな新たな政党もまだ姿が見えない。大体EU離脱を声高に訴えていたリーダー格の、ナイジェル・ファラージやボリス・ジョンソンが、イギリスのEU離脱を指導する責任を回避したのは皮肉な話だ。新首相のテリーザ・メイは残留派で、彼女がEUとの離脱交渉を指導するのだが、どうやら離脱の影響を最小限に留めようとしているように見える。だったら、そもそもどうして離脱しないといけなかったのかという気持ちもする。国民投票の結果は、少しばかり日本の憲法九条に似ていないでもなくて、厳格に実行することも簡単に無視することもできないという厄介なものだ。ともあれ教えて欲しいのは、イギリスのEU離脱によって、イギリスの二大政党制は終わりの始まりの局面が始まったのかどうか、もしそうならこの次に来そうなものは、いったい何なのだろうか。
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