トランプの2017年は小説『1984年』より複雑怪奇
ニューズウィーク日本版 / 2017年1月31日 21時18分
古新聞や歴史の記録から「改ざん」するべき事実を探すという職務上、ウィンストンは「ダブルシンク(二重思考)」に長けている。彼はそれを「嘘だと分かっていても完全な真実として認識し、そのどちらも受け入れる能力」と表現する。
オーウェルの経験から生まれた「オセアニア」
オーウェルは社会主義者だった。『1984』は、自分が信じた民主的な社会主義が、ソ連の独裁者ヨシフ・スターリンに乗っ取られることへの彼の危機感の表れでもある。目の前の世界に対する鋭い観察眼と、スターリニストに殺されかけた経験から生まれた作品だ。
スペインでは1936年、ファシストの後ろ盾を受けた軍が、民主的な選挙で勝利した社会主義政権を倒そうと、軍事クーデターを起こした。オーウェルや米作家アーネスト・ヘミングウェイら社会主義を信奉する世界中の活動家が、右派の反乱軍に対抗するため、左派の義勇兵として参戦した。
その間、ドイツの独裁者アドルフ・ヒトラーは空爆で右派を後押しし、スターリンは左派の共和党軍を支援した。やがてオーウェルたち義勇兵がスターリニストに歯向かうようになると、共和党軍は反対派を潰す動きに出た。その後、妻とともに家宅捜索を受けたオーウェルは、1937年に命からがらスペインを逃れた。
第2次大戦中にロンドンに帰国した彼は、リベラルな民主主義や自由を支持するはずの人々が、いつの間にかビッグ・ブラザーと同じ統制への道を歩むのを目のあたりにした。1941年に入社した英BBCで与えられた仕事は、イギリスの植民地だったインドの視聴者に向けた「プロパガンダ」。英政府の目的に適ったニュースやコメントだ。彼はインド人に、息子や物資を戦地に送るのが正義だと信じこませようとした。嘘を書き連くのにも自分自身にも嫌気がさしたオーウェルは、2年後にBBCを退職した。
プロパガンダとオルタナ・ファクトは違う
彼は帝国主義自体にうんざりしていた。まだ若かった1920年代、ミャンマー(ビルマ)で警官として勤務した。オーウェルは植民地で自分が担った役割について、独裁的で野蛮な行為だったという内容のエッセーを残している。「こんな職業だと、大英帝国の卑劣なやり方を間近で見ることになる。悪臭が漂う監獄に閉じ込められたみじめな囚人たちや、長期刑囚たちの青ざめて怯えた顔といったら......」
オセアニアは、大戦中から冷戦初期という特定の時代を念頭に、オーウェルが未来を見据えて生み出したものだ。だとすれば、「オルタナティブ・ファクト(もう一つの事実=嘘)」を自ら奉じる今の世の中は、オーウェルには想像もつかなかったに違いない。
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