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トランプの2017年は小説『1984年』より複雑怪奇

ニューズウィーク日本版 / 2017年1月31日 21時18分

ビッグ・ブラザーは用なし

 オーウェルが描いた一党独裁制下では、オセアニアの「党内局」と呼ばれる一握りの中枢が、あらゆる情報を管理する。それが権力の主たる源泉だ。今日のアメリカでは、人口の少なくとも84%がインターネットに接続し、開示された情報を閲覧できる。またアメリカの権力は、有権者と憲法、裁判所、官僚、カネなどの中間のどこかに存在しており、一カ所に集中はしていない。オセアニアと異なり、2017年のアメリカでは情報も権力も分散している。

 アメリカの有権者が政策の根拠や証拠に求める基準が低下したと嘆く専門家は、責任は政治家にあるという。政治家は1970年代頃から公然と専門家を疑い、議会や議員の信用を落とし、政府の正当性さえ疑問視した。既存の組織や権威を地に落とし、自分たちが取って代わろうという陰謀だと言うのだ。いわば、もう1つのオルタナ権威、オルタナ現実だ。

 インターネットの存在も、それがオルタナティブ・ファクトを拡散するのに果たす役割も、人々がスマホという名のテレスクリーンをポケットに入れて持ち運ぶ姿も、オーウェルには想像できたはずがないものだ。現代には、中央で情報を拡散し監視する真理省は存在しない。ある意味では、誰もがビッグ・ブラザーになのだ。

進んで嘘を受け入れる人々

 現在の問題は、人々がビッグ・ブラザーの大きな嘘を見抜けないことではなく、進んでオルタナティブ・ファクトを受け入れていることのようだ。ある研究では、特定の誤った世界観──例えば科学者や公務員は信用できない──を抱いた人々に反証となる情報を与えると、考えを改めるどころか自分たちの誤まった世界観をより強く信じることが分かった。言い換えれば、オルタナ・ファクトを信じる人々を相手に事実は何かという議論をしても裏目に出るということだ。自分たちにとって何が真実かを既に決めてしまった人々は、専門家やジャーナリストが報告する事実ではなく、オルタナ・ファクトのなかに自分たちの理屈に合う情報を探してそれをフェイスブック経由で拡散する。ビッグ・ブラザーは用なしだ。

 オーウェルが描いたオセアニアでは、国家が認めない事実を話す自由はない。2017年のアメリカの一部では、それが事実であればあるほど疑いの目が向けられかねない。ウィンストンにとっては「2+2=4と言えるのが自由」だったが、ドナルド・トランプ支持者にとっての自由は「2+2=5」と言えることだ。



John Broich, Associate Professor, Case Western Reserve University

This article was originally published on The Conversation. Read the original article.



ジョン・ブロイヒ(米ケース・ウェスタン・リザーブ大学准教授)


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