マニラのスラムでコンドームの付け方さえ知らない人へ
ニューズウィーク日本版 / 2017年3月28日 14時45分
なるほどそういうビジョンを持ったプランなのかと思っていると、今度は看護師の一人が木で出来たペニスを机の上に置いた。女性たちは色めき立ち、明るく恥ずかしそうに笑いながらその後に続く看護師の説明を聞き、なぜかさかんにスマホで写真を撮った。外での断面図の説明とその木で出来たペニスの説明がどう違うのかまるでわからなかったが、とにかくバランガイ220は男性器の話で持ち切りだった。
少しすると、看護師はコンドームを出し始め、木のペニスにつけてみせた。するとすでに子供を抱いていた母親さえ目を丸くしたし、写真を撮る女性たちの中にも手を止めて見入る人が出た。これには俺も驚いた。
彼女たちはコンドームの付け方さえ知らなかったのだ。
外に出ると、風の渡る集会所にはあふれんばかりの人がいた。子供を作る年齢を少し超えていそうな中年男性もいて、道端に立ったままノートにメモを付けていた。あとで谷口さんが話を聞いたらしいが、もう今以上子供を作れば貧しさが深まるばかりだと切実な思いだったようだ。
マイクは別の「女性」に渡っていた。
今カッコをつけたのは彼女が生物学的には男性だろうからだった。しかし髪を伸ばし、口紅をつけ、メイクをし、女性的な仕草で彼女はしゃべった。どうすれば女性が女性の体を守れるかについて、彼女の説明はタガログ語のわからない俺にもいかにもうまく聞こえたし、実際に聴衆はまじまじと見た。
誰一人、彼女の性別を気にしたり、ましてや嘲笑する者はいなかった。
問題は語られている内容であり、それを伝えたい者の熱意であった。フィリピンではたぶんそういうジェンダーがあって当たり前なのだ。
俺はそのことに何より感動し、同時にスラムの中にあるそうした自由な性の先進性と、一方でファミリープランニングの具体例を知らないという事実の住み分けに戸惑った。
しかし「オカマ」だ、「オネエ」だと性同一性の不一致を笑って遠ざける近代の日本人的不健康さが彼らに一切ないことは明らかで、それが差別だらけの世界の中で光明のように俺の心を救ったのは確かなのであった。
きちんとメモを取り始める中年男性
追記
さてここで、シリーズ1で訪問したハイチの現在の状況を少し書かせていただく。
【参考記事】いとうせいこう、『国境なき医師団』を見に行く1
昨年10月に大型ハリケーン、マシューがハイチを直撃し、いきなり800人以上の死者が出た。俺の出会ったスタッフたちもこの深刻な事態の中で力を尽くしたことだろう。
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