インド13億人を監視するカード
ニューズウィーク日本版 / 2017年10月4日 10時30分
6月には、北部のウッタルプラデシュ州が救急車利用者にアドハーの身分証明カード提示を義務付けることを決めた。カードを見せないと、救急車に乗せてもらえなくなったのだ。
「アドハーに登録することは義務ではないが」と、ニレカニは言う。「カードが必須とされるサービスが増えるにつれて、実質的にカードなしでは済まなくなってきている」
しかし、インドの最高裁判所は15年、アドハーへの登録は「国民の義務ではない」という判断を示している。今でも、アドハーによりプライバシーが侵害されていると裁判所に訴える国民は後を絶たない。
また、アドハーが国民生活のさまざまな場面で使われるようになる背後に、もっと邪悪なもの――国家による監視が潜んでいると考える人もいる。
バンガロールに本拠を置くシンクタンク「インターネット社会センター」のスニル・エーブラハム専務理事はこう語る。「政府は当初、アドハーは貧困層のためのものであるかのように喧伝した。それからなし崩しに対象が広がり、中流階級の人々や納税者もカードを取得しなければならなくなった。(政府は)行政の改善を掲げつつ、他方では監視を強めている」
エーブラハムはセキュリティーの問題も懸念している。「生体情報は変更が利かない。一度漏洩したら安全を取り戻すことはできない」
アドハーの身分証明カードを持つ夫婦。カードは生活の多くの場面で重要な役割を果たす Mansi Thapliyal-REUTERS
データ漏洩事件も発生
インドにはプライバシー保護法もなければ、集められた生体情報を守る法律もない。それでもニレカニに言わせれば、アドハーは安全だ。全ての生体認証データは暗号化され、ファイアウォールに幾重にも守られ、ネットとつながっていない場所に保管されている。それに政府機関であれ民間業者であれ、アドハーを利用するには免許が必要だというのだ。
だがエーブラハムは納得しない。「データベースが不正侵入されるのは時間の問題だと思う。政府がフェイスブックより優秀なセキュリティー専門家を抱えているというなら話は別だが」
既に、政府の4つのウェブサイトから1億3000万人以上の名前と銀行口座のデータとアドハー番号が流出し、ネット上で公開される事件も発生している。インターネット社会センターは5月に報告書を出し、流出の原因はアドハー利用に関する規制の整備が進んでいないことではないと指摘した。アドハーのような集中データベースは「テロリストや外国政府、犯罪者の格好の標的となってしまう」とエーブラハムは言う。
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