希少なアフリカゾウを殺戮する側の論理

ニューズウィーク日本版 / 2019年1月15日 17時0分

だが違っていた。急襲作戦から1カ月近くが経過した9月3日の早朝、密猟者たちが報復に戻ってきたのだ。

夜中のうちにレンジャーの野営地に忍び込み、身を潜めていた彼らは朝の祈りでテントから出てきたレンジャーたちに銃撃を浴びせた。これでレンジャー5人が殺害された。



野営地の管理責任者だったドジメト・セイドも撃たれたが、なんとかやぶの中に逃げ込んだ。血を流し恐怖に震えながら、彼は密猟者たちがレンジャー所有の馬4頭に武器や弾薬を積んで逃げていくのを見届けた。

数時間後、彼は勇気を振り絞って野営地に戻った。仲間2人の遺体を小屋に運び、残る3人の遺体は(もう体力が残っていなかったので)防水シートで覆った。そして歩いて(時には泳いで)約20キロ先にある最寄りの村に行き、助けを求めた。

連絡を受けたザクーマ国立公園のスタッフは、予想だにしていなかった事態に衝撃を受けた。しかし冷静になって考えれば、密猟者たちにもこれ以外の選択肢はなかったと分かる。

「手ぶらでスーダンに戻って、失敗だったで済む話ではないだろう」とリアンは言う。「獲物がなければ、彼ら自身が殺されることになる」

ラブスカフニ夫妻は密猟者たちを捜そうとしたが、危険過ぎるという理由でチャド当局の許可が下りなかった。死亡したレンジャーの多く(襲撃時に逃げたきり音信不通のハサン・ドジブリンも、その後死亡したものと思われる)には複数の妻がいて、子供は15人以上。そして家族の中で唯一の稼ぎ手だった。

仲間を殺した者たちをなんとしても捕らえたかったラブスカフニ夫妻は、密猟者たちの携帯電話や衛星電話から150超の電話番号(全てスーダンとチャド国内の連絡先)を割り出し、警察に証拠として提出。ビラを配って情報提供者には報奨金を提示したが、成果はなかった。

そんななか、独自に事件を調べていたレンジャーの遺族の1人が、国境地帯に近い村に潜む密猟者の1人を捕らえた。

男の名前はソウマイン・アブドゥレイ・イサ。わりと小柄で「死を恐れない様子の男」だったとリアンは言う。

イサは85年にチャドで生まれ、もっぱら遊牧生活を送っていた。ある日、隣国スーダンのダルフール地方にある砂漠の町クトゥムを通った際に、チャドで象の密猟を行う準備をしている男たちの話を耳にした。いい小遣い稼ぎになるぞ。そう思ったイサは彼らに声を掛けた。

密猟グループの首領モハメド・アル・ティジャニ・ハムダンには「臆病者を見分ける目」があったとイサは言う。「相手の目を見て戦士かどうかを判断できた。勇敢で、自分に付いてこられる人間かどうかを」

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