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新元号「令和」に秘められた、かもしれない政治ドラマ - 冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代

ニューズウィーク日本版 / 2019年4月2日 16時50分

もう1つは、安全保障上の理由です。中国の唐では3代目の皇帝である高宗の時代に、武后という夫人が政治的実権を握る中で、朝鮮半島において新羅と連合して、百済を滅亡させるという事件がありました。日本はこの時に、百済を防衛するために出兵しましたが、白村江の戦いで敗北し、百済は滅亡しています。

その後の中国は武后が即位し則天武后となって「周」という国を建国しますが、やがて玄宗皇帝が登場して唐の立て直しを行なっていました。この間の唐または周は、日本にとって仮想敵国であり九州防衛は国家的な課題、そこで唐への留学経験のある山上憶良や、実力官僚である大伴旅人がこの地に赴任していたという可能性もあります。

この全く違う2つのストーリーのどちらにも「政治」が絡んでいます。仮に、長屋王政権崩壊という政治ドラマの中で、大伴旅人が藤原氏によって太宰府に左遷されていたとすれば、左遷されていたからこそ、長屋王のように抹殺されなかったので安堵して「梅花の宴」を催したかもしれないし、左遷されていたから梅でも愛でるしかないということかもしれません。

興味本位の見方かもしれませんが、総理として政権を担いながら、辞任に追い込まれ、その後は下野までした現政権の「苦労話」をこの1300年前の左遷と復活のドラマに重ねて見ることもできるように思います。

一方で、安全保障上の理由で赴任していたとしたら、「梅花の宴」が催されたのは、とりあえず唐王朝の脅威が緩和し、新羅との関係が小康状態ということで安堵していたということなのかもしれません。

これに加えて、この太宰府という場所は、約180年後に菅原道真が左遷された場所でもあります。道真といえば失脚する前に「遣唐使廃止」を建議したというエピソードもあり、この太宰府というのは対中国の防衛拠点であり、そこを取り上げるということには政治的なメッセージを感じます。梅の花ということでは、道真との縁も深い花です。そう考えると、この点に「漢籍をやめて国書を典拠とした」という以上の政治性を感じることも可能といえば可能です。

そんなわけで、「梅花の宴」にちなんだ「令和」という元号については、裏にコッソリと生臭い政治的メッセージを埋め込んだという解釈も可能というわけです。

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