「美人銭湯絵師」の盗作疑惑に見る「虚像」による文化破壊
ニューズウィーク日本版 / 2019年4月17日 18時30分
一方、モデル業は学部時代から行っており、本人のSNSの発信も美術系よりもそちらが中心だ。そうしたことから、ネット民の間では、アーティストとしての顔はモデル・タレント業でのキャラクター性を強化するための、実力を伴わない「設定」ではないかという見方が広がっている。そして、「銭湯絵師見習い」は、そこに<昭和の庶民文化を守る美人すぎる絵師>というストーリーを追加するために、周囲の大人によってプロモーション的に作られたものだという意見も目立つ。勝海氏が語る経歴にまつわるエピソードや芸術論にも、他人の経歴や言葉との重複が多く見つかった。人々がネット上の情報を掘れば掘るほど、「虚像」が膨らんでいった。
対照的なリアルな銭湯絵の世界
「銭湯」は、近代日本の代表的な庶民文化だ。そこに、平成生まれの若いきらびやかな美女が入るコントラストが、抜群のPR効果を発揮するという発想は理解できる。ただ、筆者が過去の取材で実際に見た銭湯の「ペンキ絵師」の世界は、非常に地味でつつましく堅実なものであり、やはり「勝海麻衣」という存在の違和感は拭えない。
私は、勝海氏と元師匠の丸山氏とは面識がないが、2011年2月に、残る2人の銭湯絵師である中島盛夫さんと田中みずきさんに実際に会ってインタビューしている。中島さんは1945年生まれのベテランで、丸山氏とは兄弟弟子の関係にある。1983年生まれの田中さんは当時、中島さんの弟子としてインタビューに同席した(現在は独立して3人目の銭湯絵師として活躍している)。お二人に話を聞いたのは、帰国子女・海外子女向けの教育雑誌で、海外に住む日本文化に触れる機会が少ない子供たちのために、母国の知られざる文化を分かりやすく紹介するためだ。
今俗に「銭湯絵」と言われている銭湯の壁画は、白・赤・紺・黃の4色のみの速乾性のペンキで一気に描き上げるペンキ絵だ。「芸大」というワードでくるむようなピュアアート寄りの芸術作品というよりは、職人技で作り上げられる大衆文化的要素が濃い。勝海氏が銭湯絵師のコスチュームで出演するCMやイベントは、ファッション性が強調されたきらびやかな世界だが、少なくとも自分が取材を通じて知る限りでは、当時のリアルな銭湯絵の世界は、非常に泥臭い印象があった。インタビューの場所は、青果市場の一角にある冷え冷えとした倉庫。中島さんは銭湯絵だけでは生活ができないため、そこで管理人業務をして生計を立てていた。
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