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ラッパーECDの死後、妻の写真家・植本一子が綴った濃密な人間関係

ニューズウィーク日本版 / 2019年6月24日 15時30分

石田さんが亡くなってから10カ月近くの歳月を経て新たなパートナーと出会ったという"データ"しか見えていない人の中には、都合のいいように誤解したがるタイプもいるかもしれない。

人は他人に対して無責任で残酷な生き物なので、そういう偏った見方をする人が出てきたとしてもまったく不思議ではない。しかし、フラットな気持ちのまま本書を読んだ人であれば、決してそんな偏った考え方はしないはずだ。

著者の日常は日を追うごとに少しずつ安定していくが、それでも葛藤からなかなか抜け出せないからだ。

「いま」がこれから先も続いていくのだろうと思わせる

「あぁ、もう石田さんはいないんだ」 ミツが隣にいるのに、もう頼れる人はこの世に誰もいないという気持ちになってしまう。石田さんはとっくにいないのに、このタイミングで初めて事実を突きつけられたような。 布団から起き上がり、声を上げて泣く。辛かった時の思い出と、もう二度と会えないという事実、そして、この家にはもう石田さんのものがほとんど無いことに気づいた。(191ページ「二〇一八年 十一月」より)



 ミツがこうして隣にいてくれることにまた涙があふれ、ずっと気になっていたことを聞いてみた。石田さんについてどう思ってる? ミツは石田さんに一度も会ったことがない。ミツと出会った時には石田さんはもうこの世にいなかった。同じ部屋で一緒に眠るようになったが、もしかしたらこれだって、ミツからすると、とても失礼なことなんじゃないか。そして石田さんにも。私は誰のことも大切にできていないのかもしれない。(中略)「ここに来るようになってすぐ、家に誰もいなかった瞬間があって。その時にはまだ骨壷が置いてあったから、よろしくおねがいしますって挨拶したよ」 私は知らなかった。ミツの中には、ちゃんと石田さんがいた。(193〜194ページ「二〇一八年 十一月」より)

日記なのだから当たり前だが、本書には結末めいたものがあるわけではない。著者と娘たち、そしてミツとの日常が淡々と続いていき、石田さんの命日にあたる2019年1月24日の記述で終わるだけだ。

だから、とりたてて感動的なラストは訪れないし、最後の最後に問題が起こるわけでもない。ただ、「いま」がこれから先も続いていくのだろうなと思わせるにすぎない。

しかし、だからこそ本書は――というより著者の本すべてに言えることなのだが――心に"なにか"を残してくれる。"なにか"のかたちは人それぞれ異なるだろうが、例えば私の場合、読み終えた後には「ていねいに生きる」ことの大切さを改めて感じた。


『台風一過』
 植本一子 著
 河出書房新社


[筆者]
印南敦史
1962年生まれ。東京都出身。作家、書評家。広告代理店勤務時代にライターとして活動開始。現在は他に「ライフハッカー[日本版]」「東洋経済オンライン」「WEBRONZA」「サライ.jp」「WANI BOOKOUT」などで連載を持つほか、「ダ・ヴィンチ」などにも寄稿。『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)をはじめ、ベストセラーとなった『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)、『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』(日本実業出版社)など著作多数。

印南敦史(作家、書評家)


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