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福澤諭吉も中江兆民も徴兵制の不公平に注目した──日本における徴兵制(4)

ニューズウィーク日本版 / 2019年7月26日 11時45分

ところが福澤は、小野梓と違って実際に国民皆兵制軍隊を構築せよとはいわない。たしかに、男子全員に兵役義務はある。しかしその義務は、金銭納入によっても果たすことができると主張するのである。

福澤の構想は次のようなものだ。男子は二〇歳になった時に、三年間現役兵として服役するか、三年間にわたって「兵役税」(試算では年五円、総計一五円)を納付するかを選択する。当然、多くの者が「兵役税」納付を選ぶので、結局は貧困層だけが三年間の兵役を担う不公平が生じるだろう。そこで、現役兵になる者には除隊時に「兵役税」を原資とした給付金(一名につき一〇〇円)を支払う。現役に応じる者が少なければ「兵役税」を引き上げて給付金を増額すればよいし、逆に現役に応じる者が多すぎれば体格要件を厳しくして優良な人材を選抜すればよい。

要するに、臆面もない「経済的徴兵制」のすすめである。現代の「経済的徴兵制」が一応は本人の志願を前提とするのに対し、福澤の「兵役税」論では、「兵役税」を払えない貧困層は自動的に服役になるから、より強制性が高い。当時の徴兵令では、不幸にも徴集された者にはなんの利益もないのに対し、福澤の説では給付金をもらえるというメリットはある。福澤は別の論説で「凡そ人間世界に銭を以て売買す可からざるものは殆んど稀なり」と述べていた。世の中に金で買えないものはほとんどない。兵役の苦痛も、結局のところ金銭で補償できるということであろう。



だが福澤は、自身の徴兵論にもうひとつ別の装置を用意していた。「兵役税」だけだと貧困層のみが軍隊に入り、大半の者はなにもしなくて済む。それでは日本という国が「文弱」に流れてしまう。そこで、「兵役税」を納付して徴集を免れた者も、適当な時期に三カ月間だけ短期入営して訓練を受けるようにする。

つまり、全国民男子が兵役義務を果たす方法はふたつある。ひとつは、実際に現役兵となって三年間の兵役を担うことである。もうひとつは「兵役税」納付と三カ月の短期入営を経験することである。

この福澤の構想がもし実現しても、ほとんどの国民が短期入営以外の拘束を免れるので、福澤の最重要視する経済活動や教育が兵役によって妨害される懸念は少ない。また、ほとんどの者が「兵役税」を納入するので、陸軍兵力の強大化にブレーキがかかり、小規模常備軍の維持が続くことになる。福澤は海軍拡張論を支持する傾向が強いことも、この構想の背景にはあるだろう。

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