アメリカが拷問と、いまだに決別できない深刻な理由
ニューズウィーク日本版 / 2019年8月2日 16時45分
だが、脅しと強迫、拷問がほぼ常に成果を上げるテレビの刑事ドラマや映画を何十年も見てきたアメリカ人の視点を変えることは容易ではない。00年代に大人気を博した対テロ捜査が題材のドラマ『24─ TWENTY FOUR─』の主人公ジャック・バウアーは、強引な手法で容疑者を次々に自白させ、事件を解決した(奇妙なことに、バウアーはテロリストに拷問されても自白しない)。
トランプ時代の尋問術
この番組にはCIAの一部も魅せられていたと、モーガンは振り返る。「私は『24』(ブーム)のときCIAにいたが、あのときは誰もが『われわれも容疑者の首を切り落とすと脅すべきだ。ジャック・バウアーと同じようにやるべきだ』と思っていた。実にばかげた話だ」
CIAは結局、EITプログラムを開発するために尋問経験が全くない軍事心理学の専門家を2人採用した。
ロドリゲスと当時の部下だったハスペルの下で、この尋問プログラムは容疑者を自白させる手段として、殴打、睡眠遮断、大音量の騒音、長時間の孤立化、そして水責めを繰り返した。ロドリゲスは今もそのことに誇りを持ち、上院情報特別委員会の報告書全文が機密扱いを解除されれば、「プログラムの価値は明らかになる」と本誌に語った。
古い偏見や習慣は容易にはなくならない。「特にアメリカの場合、法執行機関や情報機関に入る人間は、テレビで見たもの以外に尋問について何も知らない」と、クラインマンは言う。
「それは全くの虚構だが、彼らは似たようなことを30年も続けてきた。彼らは自分の経験を決して反省しない。科学者による客観的な分析を認めることは決してない」
HIG研究プログラムのマネジャーを8年間務めた心理学者のスーザン・ブランドンはこう指摘する。「彼らは変える必要はないと思っている。そのやり方でうまくいった経験があるからだ」。アフガニスタン駐在経験があるモーガンは、新人の尋問官は本国にいる背広組の上司に指示を仰いでいたと語る。
「ハードな手法」を支持するドナルド・トランプ大統領のような人々には頭でっかちの議論に聞こえるかもしれない。トランプは16年の大統領選で、水責めや「もっとひどい」拷問手法を擁護して物議を醸した(最近はおとなしくしているが)。
トランプは合法か否かをあまり気にしない。18年11月20日には、アメリカ在住のサウジアラビア人ジャーナリスト、ジャマル・カショギ殺害の責任は同国のムハンマド・ビン・サルマン皇太子にあると結論付けたCIAの報告に否定的反応を見せた。トランプはワシントンから感謝祭の休暇に出発する際、「(殺人は)残念なことだ」と述べたが、一方で「世の中はそういうものだ」と付け加えた。
今こそ改革が急務だと、ファロンは言う。「拷問は効果的だと主張する大統領の時代だからこそ、尋問の手法を合法的なものに変えなければならない」
世論の大きな変化が必要なのかもしれない。そのために、ソフトな尋問のパイオニアだったシャルフの78年の伝記を映画化するのも悪くない。92年、ロサンゼルスで死去したシャルフは、第2の人生を家具デザイナー兼モザイクアーティストとして送り、大成功を収めた。その作品は、ディズニーランドのシンデレラ城にも使われている。
<本誌2019年1月1&8日号掲載>
※8月6日号(7月30日発売)は、「ハードブレグジット:衝撃に備えよ」特集。ボリス・ジョンソンとは何者か。奇行と暴言と変な髪型で有名なこの英新首相は、どれだけ危険なのか。合意なきEU離脱の不確実性とリスク。日本企業には好機になるかもしれない。
ジェフ・スタイン(ジャーナリスト)
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