日本近代の歩みとミシガン大学
ニューズウィーク日本版 / 2019年9月24日 12時0分
彼が初めてミシガン大学のあるアンアーバーに渡ったのは一八七一年。ミシガン大学を選んだのは、学費・生活費が他の東部の大学などに比べて安く、ここであれば、自分一人の分の政府からの支給金を使って三人の日本人が勉学に励めると考えたからだという。自分の生活費を切り詰めてまで、これからの日本を担う人材を育てようという先見的で献身的な考え方も、苅部が指摘するような当時の士族たちの空気を反映していたのかもしれない。
折しも、アメリカ合衆国は南北戦争後の復興期で、激しい内戦が終わり、産業化の進展で急速な経済成長が続いていた。この時期のアメリカ社会の空気を吸った外山が、日本でも明治維新という大変革の時期を経て社会が大きく成長する可能性に希望を持ち、スペンサーなどの進化論的な社会発展理論に傾倒していったであろうことは想像に難くない。こうした最新の社会思想を東京大学に持ち帰った外山は、日本社会学の始祖とも言われている。
外山がアンアーバーを離れてから一〇年ほど経った一八八七年、今度は一人の日本人経済学者がアンアーバーに降り立ち、日本経済に関する初めての英語での本格的学術論文を著す。それが、その後日本経済の発展に大きな役割を果たし、日本興業銀行総裁にまで上りつめた小野英二郎であった。彼の博士論文審査委員会には当時のミシガン大学学長のエンジェル教授も入っていたというし、彼の業績は新聞などでも紹介されており、この若き日本人による日本経済に関する研究は大きな注目を集めていたようである。ちょうど日本では大日本帝国憲法が起草・発布され、日本政治の基盤が整備されていた頃、小野は日本経済の基盤を築くべく、欧米の理論を吸収し、自身の日本経済研究を進めていたのであった。彼は日本に戻ってからもミシガン大学への留学を奨励し、日本でのミシガン大学同窓会設立の中心人物でもあり、終生母校への愛校心を忘れていなかった。孫のオノ・ヨーコが世界で一番有名な日本人になろうとは、想像もしていなかったであろうが。
外山や小野が築き上げた日米の友好関係も、第二次大戦が始まると厳しい局面を迎える。アンアーバーには米国陸軍の日本語教育学校が作られ、アメリカ人軍事関係者の多くがここで日本語を学んで、太平洋戦線及び占領下の日本へ飛び立っていった。この日本語教育学校で日本語を教えていたのは、ジョセフ・K・ヤマギワ教授などの日系アメリカ人たちであった。彼らの多くは日系人強制収容所から連れてこられた人たちで、授業中は先生でも、敵国日本への反感が広がるアメリカ社会の中で、授業が終わると自由に外で映画を見に行くこともはばかられるような状況におかれていたという。コニシが注目するような「敗者」「犯罪者」扱いされた者たちの歴史がここにも息づいていたのである。
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