欧州の危機はイギリスからドイツへ広がる

ニューズウィーク日本版 / 2019年10月3日 19時0分

<議会発祥の地イギリスの混乱はヨーロッパの長い苦難の歴史の始まりなのか>

議会制民主主義は多数決のゲームである。利害対立を殴り合いや殺し合いにしないために、多数を取ったほうが「勝つ」ルールを皆が受け入れて成り立っている。

しかし、何が「多数」であるかは、実はそれほど明白ではない。上下院の票が逆転することもあるし、大統領と議会が対立することもある。それでも何が「多数」であるかを、人為的に決めるための仕組みを各国の政治機構は持っている。最古の議会制を持つイギリスでも、崩壊したワイマール議会制の反省の上につくられたドイツでも、それぞれ違う仕組みながら、それは他国がモデルとするほどに機能してきたはずだった──つい昨日までは。

欧州における統治機構が機能不全に陥っている。筆頭はイギリスだ。2016年に国民投票でEU離脱を選んで以来、イギリス政治は漂流を続けている。2019年9月、イギリス議会はその憲政史上でもまれに見る危機の真っただ中にある。ボリス・ジョンソン首相は、10月13日まで議会を閉会し、10月末までに合意なきEU離脱(ブレグジット)を強行する構えを見せている。通常であれば、与党・保守党は党首が決めたことに従うはずだ。しかし、もはやイギリスの政党は機能していない。

保守党内部から多くの造反者が出て、野党と結託し、合意なき離脱の阻止法案を通してしまった。政府と議会の対立は、最高裁判所に場所を移して続いている。選挙を行っても、混乱の収拾は期待できない。テリーザ・メイ前首相は無能ではあっても善意のリーダーとして「多数」を探し続けたが、もはやそれは英議会には存在しない。

ドイツにおいても「多数」が見つからなくなっている。好調を続けてきた経済に陰りが見え、久しぶりに「景気後退」がささやかれ始めた。直接の引き金は米中通商戦争とブレグジット不安をきっかけとした輸出の鈍りであるが、同時に「女帝メルケル」の14年間のつけが回ってきた感がある。

アンゲラ・メルケル首相は、統一ドイツの国民統合の象徴であった。ハンブルク生まれで東ドイツ育ちのプロテスタントの女性が保守政党の党首となり、ドイツの首相となる。国内のさまざまな分裂を一身に引き受けつつ、好調な経済に支えられ、ライバルを蹴落として君臨してきた。



しかし、2015年の難民危機以後、彼女は統合の象徴としての機能を失った。難民の受け入れに反対する右派政党「ドイツのための選択肢(AfD)」が躍進し、今やほとんどの選挙で第2党の地位につけてくる。長年2大政党の一翼を担ってきた社会民主党(SPD)は、存続の危機に立たされている。従来からの政治勢力で連立政府を組もうとしても、もはや2党では多数が形成できず、3党以上にならざるを得ない。取り沙汰されている政権連立は、ほとんど挙国一致政権の感すらある。近い将来「ドイツのための選択肢」が第1党になる可能性も十分ある。

「取り残された人々」の造反

フランスでもイタリアでも、従来の政党が凋落しポピュリスト政党が躍進している。どの国でも、この約30年間の成長から取り残され、疎外されたと感じている人々が造反している。ヨーロッパで最も豊かな英独においてすらこうであり、もっと小さな国ではその割合ははるかに高い。戦後ヨーロッパの繁栄を支えてきたエリートたちは、明らかにこの声に気付くのが遅過ぎた。この混乱はしばらく続くだろう。

既存の制度が新たな声を取り込んで「多数」の再構築に成功するか、それとも制度が破壊されて混乱の後に新たな制度へと至るのか。いずれにせよ、苦痛に満ちた長い移行期がヨーロッパを待ち受けている。

(筆者の専門は国際政治、ヨーロッパの安全保障)

<本誌2019年10月1日号:特集「2020サバイバル日本戦略」より>

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岩間陽子(政策研究大学院大学教授)

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