コンプライアンス専門家が読み解く、ジャニーズ事務所の「失敗の本質」
ニューズウィーク日本版 / 2023年9月15日 19時54分
この経緯からすると、元旦の新聞全面広告は、BBCの取材を受けて「聖域なきコンプライアンス遵守の徹底」を約束する「新体制の発表」の表れということになろう(ちなみにコンプライアンスが「法令遵守」を意味するとした場合、「コンプライアンス遵守」という表現は「法令遵守の遵守」という重複表現になる)。
少なくない広告費を払ってコンプライアンスを宣言する広告を打つこと自体は別に悪いことではない。しかしBBC側の対応はBBCの編集ガイドラインに基づくもので、特に「応答の権利」文章は、「重大な批判や不正行為の申し立ての対象となっている人々に返答する権利を提供することは、Ofcom(英国情報通信庁)の法令に基づく公平性担保の義務」であるというBBCガイドラインに沿った必要的手続きとして為されたものだ。
ジャニーズ側がその意味を正確に理解していたならば、異論・反論(があるのであればそれ)を行ったり、事実誤認の訂正等を主張したりする機会として活用することができた。それこそ5月14日公開の藤島ジュリー景子社長の動画や9月7日の記者会見で述べられた内容がBBCの取材があった昨年の時点で正面から主張されていたら、BBC番組の論調やその後の社会の受け止めが変わっていた可能性がある。そうしたことをせず、元旦の日経に全面広告を打つという対応を選択し、ジャニーズ事務所は企業としてのダメージ・コントロールの機会を自ら逸した。
アメとムチの懐柔はドメスティックな市場環境であれば一定の効果を有するであろう。「人」自体が商材となるタレントやアーティストの出演・管理業務は「人間関係」が強い影響力を持つ、極めて属人性の高い業務だ。アメリカで「#MeToo運動」を引き起こしたハービー・ワインスティーン事件を想起するまでもなく、業界有力者による地位濫用の危険性は、各国エンターテイメント業界共通の課題と言える。それに加えて日本の芸能界では契約書の交付は稀で、出演者の労働者としての保護は脆弱だ。日本語エンターテイメント市場自体の小規模性と閉鎖性も相まって、放送局等における「ジャニーズ担当者」(ジャニ担)を通じたメディア・コントロールに長けたジャニーズ事務所は、日本の芸能界において他に「文句を言わせない」存在に上り詰めていた。
2019年7月に公正取引委員会が「ジャニーズ事務所が元SMAPの3人を干しているのではないか」という疑惑を受けた調査を行ったが、優越的地位の濫用を認めるに足る十分な証拠を収集できなかったため、排除措置命令も警告も出せずに「注意」で終わったことは、裏を返せば芸能界におけるジャニーズ事務所の圧倒的な影響力を見せつけたとも言える。こうした「市場支配力」は盤石で、性加害の被害者による内部告発をものともしない「堅牢性」を備えているように思えたが、ジャニーズ事務所は創業家姉弟が死去してわずか2年足らずで瓦解に向かっている。それはドメスティックな市場に安住していた事務所を「外からの介入」が襲ったからだ。その結果、長年に渡る人権侵害が明るみに出た。堅牢に見える閉鎖空間は「外圧」に案外弱いのだ。
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