音楽を奏でる天使たちの棲む、標高850メートルの山間に立つフランスの聖堂を訪ねて
ニューズウィーク日本版 / 2023年11月29日 10時45分
積み重ねた現地調査と文献研究をもとにサン=ボネ=ル=シャトー壁画に見る図像と様式の分析を行い、画家の出自と修業の道のりを照らし出したものが、今年1月に刊行した自著 Les peintures murales de Saint-Bonnet-le-Château. Le programme dévotionnel et dynastique (fin du XIVe-début du XVe s.) 「サン=ボネ=ル=シャトー参事会聖堂壁画研究-信仰と政治のプログラム」となる (図3)。
《奏楽天使》
また、音楽学、考古学、修復の専門家の協力を得ながら、工学や古楽器制作を専門とする研究者とともにル・マンとサン=ボネ=ル=シャトーの天使が手にする楽器復元のプロジェクトに取り組んでおり、今日までにサン=ボネ=ル=シャトー壁画に表された楽器のうちハープ (図6) とクラヴィコードの制作を完了した (図7)。
図6 サン=ボネ=ル=シャトー壁画に描かれたハープを制作中のオリヴィエ・フェロウとイブ・ダルシザス (フェロウ撮影)
図7 サン=ボネ=ル=シャトー壁画に描かれたクラヴィコードと制作者のステファン・トレウ (トレウ撮影)
失われた音を求めて──学術から創造へ
楽器の復元には多くの問題が立ちはだかる。17世紀以前の楽器は殆ど現存しておらず、描かれた楽器の復元を試みる際、技術書などの文献や同時代の絵画図像が拠るべき資料となる。
しかし、表されてはいない楽器の部位にどのような形が与えられていたのか、いかなる種の木材、動物の骨、革を使用したのかという情報をイメージから読み取ることは容易ではない。
また画家が幾何学的遠近法を獲得していない時代の作品では、対象の扱いに歪みが生じているだけではなく、美的な考慮から画家が意図して弦や管の数、そのサイズなどを調整している場合が少なくはない。
何より中世に描かれた楽器図像は、象徴としての側面をもつため、神学的概念の表れとして弦や鍵盤、空気孔の数が定められ、モデルとなった楽器からは改変が行われた可能性もある。
複数の仮説が挙げられるとともに、学術的判断から優劣をつけ、可能性の高い一つを選び取ることは不可能に近い。
描かれた対象物の縮小率を考慮しつつ、できる限り表現されたものに近い形態を選びながらも、楽器を構成する各条件を選び取り最終的な設計図を定めるためには、ともに復元を試みる他の楽器との組み合わせなどを考慮しながら、完成後、どのような音を奏でる楽器として完成させるべきかという演奏を想定した考えが必要となる。
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