「移民」が拡張する日本の美術...ぺルー新紙幣の顔になった女性画家から、在日外国人「デカセギ美術」の可能性まで
ニューズウィーク日本版 / 2024年1月17日 11時10分
後者について筆者の知識がより浅薄なこともあり、論考から学ぶところは大きかった。おりしも和歌山県立近代美術館の企画展「トランスボーダー 和歌山とアメリカをめぐる移民と美術」(2023年9月30日〜11月30日)を鑑賞したばかりだったので、佐藤麻衣氏の論文「美術にみる太平洋戦争の影」は、同展と関連させながら読むことができた。
トランスボーダー展は、国境を越えて"和歌山県人"が故郷に集う「第2回和歌山県人会世界大会」(今年10月開催)に合わせて企画されたものだ。
和歌山は海外への移民の数が全国6位の「移民県」で知られ、明治期からとりわけ多くの人がアメリカ西海岸を目指し、果樹園や缶詰工場など農業・漁業関連の仕事に就いたという。やがて、その中から美術を志す者も出てくる。
同展では主に西海岸で美術を志した日本人・日系人の活動を紹介。特に、ロサンゼルスの日系芸術家コミュニティの中心にいたという上山鳥城男(うえやま・ときお、1889〜1954年)の名は佐藤氏の論考にも何度か登場するが、リトルトーキョーにある全米日系人博物館所蔵の彼の作品がまとまった形で出品され、見どころの一つとなっていた。
彼の風景画は米国の雄大な自然を描きながらも、荒々しさや攻撃性はない。穏やかさ、堅実さを感じさせ、どことなく日本人っぽいなという印象を受けた。
ただし日米開戦後の1942年の大統領令により、状況は一変。西海岸の日本人・日系人が敵性外国人として収容所送りになったことは周知の通りだが、彼らは芸術活動を止めたわけではなく、上山らアーティストたちは収容所内で人々に美術や手工芸を教え、心身を健やかに保つための芸術活動を推進したという。
また、収容所生活の「記録」を自らの使命とした芸術家もいた。画家のヘンリー杉本(1900〜90年)は素朴なタッチで労働風景や日常を描き、芸術写真で知られる宮武東洋(1895〜1979年)も、有刺鉄線の中で生きる人々の表情をそのままフィルムに焼き付け続けた。
トランスボーダー展はそんな困難の中で生まれた作品と記録で幕を閉じる構成だったが、一つ疑問がわく。ニューヨークなど東海岸にいた日本人・日系人芸術家は当時どうしていたのだろうか、と。西海岸からニューヨークに拠点を移した画家(国吉康雄や石垣栄太郎ら)の作品にも同展はスペースを割いていたが、詳しい動向には触れていなかった。
彼らは移動制限など当局の監視下に置かれたものの、収容所に送られることはなかったという。佐藤氏の論考はまさに、東海岸の芸術家の動向に主眼を置いたもので、彼らがアメリカへの忠誠と日本の軍国主義への抵抗、そして反戦を粘り強く訴えたことがわかる。
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