言葉の「呪術」性はどこから来たのか...育児=「見ている対象に同一化すること」から考える
ニューズウィーク日本版 / 2024年1月24日 15時5分
育児とは、「見ている対象に同一化すること」つまり子は親に同一化するというのだ。そして、子に「相手」すなわち親の「眼が見ているものこそ自分なのだ」と気付かせることに育児の本質を見出す。
三浦はさらに「自己が一個の他者であること」と「相手の身になることができる」ことは「同一の事態の表裏」だとする。親は子どもに同化しまた子も親に同一化するという往還運動を繰り返す中で自己を形成していく。この往還運動を支えるのが、自己の対象化を可能にする、自己を高みから見つめる俯瞰する視点の獲得だと言う。
この辺りは、三浦自身が『孤独の発明』 (2018)でも展開した議論だが、同時にフロイトが『夢判断』(1900)で提示した、幼児期子どもが体験した高い高いの体験の記憶に基づくものだとされた飛行の夢の分析、さらにはこのフロイトの説をエレガントかつユーモラスに発展させた新宮一成の解釈(『夢分析』 2000年)を想起させて興味深い。
三浦は子育てにおいては、もう一つ重要な契機があるとする。見つめ合いである。動物においてはしばしば敵意を示す行為として現象する目と目が合う瞬間(眼つけ!)が、育児においては愛情を表す振る舞いへと変貌する。
三浦は、『批評という鬱』(2001)において宮沢賢治の、岩手の伝統芸能である鹿踊りの起源を描いた「鹿踊りのはじまり」(『注文の多い料理店』1924所収)を取り上げ、この作品が感動的なのは、主人公の嘉十と鹿との交感を描いた点にあるとする。そして鹿の模倣は、鹿との交感の後に現れるものだと三浦は言う。
嘉十は、鹿の言葉を理解し鹿たちの踊りの輪に加わろうとするも結局鹿には逃げられてしまう。にもかかわらず、この話が鹿踊りの起源譚であるのは、嘉十と鹿との間の交感がその起点にあり、そこから人による鹿の模倣が始まったということを示唆しているからなのだ。
このことを育児に当てはめれば、子どもと親との間での見つめ合いを通じた交感つまり愛情が生まれ、その後、子による模倣つまり越境が始まるということになる。
上野やマクミランが指摘した「見れば見ゆ」型の国見歌も、その風土への愛着が発端にあることになる。それはこの鼎談の最後で上野が、百人一首にも取られた持統天皇の「春過ぎて 夏来たるらし 白妙の 衣干したり 天の香具山」を取り上げ、この歌は、天の香具山に白妙の衣が干されているのではなく、天の香具山が白妙の衣を干しているという意味だと述べたことにも当てはまるだろう。
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