【写真特集】青いシートが可視化した 不可視の人々
ニューズウィーク日本版 / 2024年1月23日 10時37分
<東京の周縁を流れる多摩川の河川敷に点在するブルーシートが、都会の「見えない存在」を浮き彫りにする。包容力を失う大都市の裏の姿を描いた、写真家・時津剛の写真展「BEHIND THE BLUE」(東京・新宿のニコンサロン)が開催中>
私が大学進学のため上京して30年、そして新宿に住まいを定めてから20年がたった。 その間、東京では建築基準を緩和し、民間主導で都市を再生させるという「都市再生特別措置法」(2002年)が施行されたことを背景に、大規模な都市開発とタワーマンションの建設ラッシュが続き、東京五輪に向けた再開発も相まって、その表層は大きく変貌し続けている。
そして街を歩くとどうだろう。歩道橋や高架下、ビルとビルの隙間に設置されたフェンスや扉、人が横たわれないように肘かけが付いた公共のベンチ、都市のあらゆる隙間に現れ始めた「排除アート」とも呼ばれる奇妙なオブジェや突起物、そして、社会のデジタル化に呼応するかのように街にあふれ始めた監視・防犯カメラなど、小さな変化にも気付く。
都市開発に伴う地価高騰=ジェントリフィケーション(地域の高級化)が低所得者など生活弱者の排除につなが り、結果として街から包容力と多様性が失われることは世界的にも問題になっている。機能性や安全性、防犯性を重視した都市開発が進む東京でも、路上生活者が身を潜め、身を横たえる隙間は消えゆき、 彼らはますます「見えない存在」へとなりつつあるようだ。
東京の周縁を流れる多摩川の河川敷を歩いた。点在するブルーシートは、路上生活者が建てた即席の住まいだ。大工、調理師、トラック運転手、自衛隊員など、出会った人々が就いていた職業は多様で、出身地も北は北海道から南は沖縄までさまざまだ。バブル経済を懐かしむ者、遠い故郷に思いをはせる者、過去は捨てたとつぶやく者――。それぞれが、それぞれの物語をまといながら流れ着いている。都市の周縁をなぞるように立つブルーシートは、包容力を失いつつある都市=東京の写し鏡であり、彼らはモノを保護したり、隠したりするブルーシートによって皮肉にも可視化された「見えない存在」といえないだろうか。
私たちと彼らを隔てる糸のように流れる多摩川。都心とは対照的に豊かな自然が残るものの、時折起きる洪水対策として護岸工事が続いている。ここは彼らにとって終(つい)のすみかであり続けるのだろうか。ブルーシートの向こうに広がる、手触りのない無機質な都市の景色を眺めながら、思った。
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