防犯対策の世界常識が日本に定着しないのは、その礎が「城壁都市」にあるから
ニューズウィーク日本版 / 2024年2月3日 9時40分
犯罪機会論は、防犯対策における世界の常識、つまりグローバル・スタンダードである。そこでは「入りやすく見えにくい場所」が危険で、「入りにくく見えやすい場所」が安全だということが確立している。ところが、日本では犯罪機会論は普及していない。それはなぜなのか。実は、その答えは、日本の歴史の特殊性にある。
ヨーロッパや中国に行くと、街の境界を一周する城壁が今も高くそびえている。かつて民族紛争が絶えず、地図が次々に塗り替えられていた国では、異民族による奇襲侵略を防ぐため、人々が一カ所に集まり、街全体を壁で囲むしかなかった。これが城壁都市の誕生だ。城壁都市は「入りにくく見えやすい場所」である。つまり、城壁都市こそ、犯罪機会論のプロトタイプ(基本型)なのだ。
スペインの中世城壁都市(アビラ) 筆者撮影
中国の近世城壁都市(平遥) 出典:『写真でわかる世界の防犯 ――遺跡・デザイン・まちづくり』(小学館)
「都市づくり」と言えば、歴史的には、城壁都市の建設を指すのが海外では一般的。ところが日本では、城壁都市はついに現れなかった。その必要性がなかったからだ。四方の海が城壁の役割を演じ、しかも台風が侵入を一層困難にしたため、日本本土は建国以来一度も異民族に侵略されていない。そのため、日本では「城下町」はつくられても、大陸諸国にあるような「城中町」がつくられることはなかった。
「天高く馬肥ゆる秋」に見る中国と日本の違い
東京大学の本郷和人教授も、『信長の正体』(文春文庫)で、「日本の古代の都の一大特徴は、城壁や城門を作らない点に求められると考えられる。平城京にも、平安京にも城壁はなかった。どうやら壁によって外敵の侵入を防御するという考え自体がなかったようだ」と述べている。
争いが絶えなかった戦国時代でも、村人や町人は弁当持参で合戦を見物していたという。大陸諸国の人々のような危機意識はなかったようだ。
「天高く馬肥ゆる秋」という中国の防犯標語も、日本に伝わると心地よい言葉になった。元来、この言葉は、肥えた蒙古馬に乗った北方民族が、秋の収穫期に襲来することを警戒するものだ。それが日本では、食欲増進のためのキャッチコピーになった。これも意識の違いの表れかもしれない。
このように、海外では、領域性(入りにくさ)と監視性(見えやすさ)に配慮した都市づくり、つまり城壁都市づくりを、5000年にわたって経験してきた。そのため、犯罪機会論は西洋人のDNAに深く刻まれている。その結果、現在でも、公園やトイレのデザイン、あるいは都市計画や街づくりに、犯罪機会論が自然に盛り込まれている。
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