マカロン、アイスクリーム、シュー生地...イタリア出身の「毒婦」カトリーヌ王妃が「フランス料理の生みの親」とされてきた意外な理由
ニューズウィーク日本版 / 2024年2月14日 11時10分
ちなみに料理以外の文脈でなら、カトリーヌとその取り巻きのイタリア人が様々な贅沢品と快楽主義でフランス宮廷を堕落させた、という俗説はすでに前世紀から存在していた。ディドロが彼女の名を出して美食趣味の流行を批判したのも、こうしたカトリーヌのイメージがすでにあったからだろう。
贅を尽くした食道楽に警鐘を鳴らす文脈のなかで、カトリーヌは初めて美食の伝道者と称されたのだった。
「カトリーヌ伝説」誕生の成り行きは、18世紀フランスの人々の〈美食〉に対するアンビヴァレントな態度を映し出しているように思われる。
洗練された料理に囲まれた食事の機会は、上流社会の人々の社交には欠かせないものとなっていた。しかし食の楽しみとは、言ってみれば肉体的な快楽の一つである。キリスト教的な禁欲主義が根強く残る当時の社会では、食の快楽を手放しで礼賛することはタブー視されてもいた。
おいしい料理は、あくまでも社交という知的で高尚な営みを盛り上げるための手段に過ぎないとされ、料理そのものを芸術としてもてはやすことはしにくかったのである。
この状況は、フランス革命を経た19世紀になると変化していく。高級料理は貴族の邸宅からレストランへ舞台を移し、ガイドブックや美食批評が出版されるようになる。フランス美食文学の誕生である。
食をメインテーマとする文学ジャンルが生まれたことで、〈美食〉について大っぴらに語ることのハードルが下がった。これらの本は実用的な情報だけでなく料理や食をめぐる様々な逸話にあふれ、食卓で披露する会話のネタを読者に提供した。
この新しい潮流のなかで、「カトリーヌ伝説」は当初のネガティヴなイメージを取り払われ、料理にまつわる面白エピソードとして語られるようになった。1800年代、パリの美食批評家グリモ・ド・ラ・レニエールはこう書いている。
「食の芸術は、〔中略〕シャルル9世の時代にはすでにフランスで大きな進歩を遂げていた。それは彼の母カトリーヌ・ド・メディシスによってイタリアからもたらされたのだった。というのも、この芸術はイタリアではもうずっと前から花開いていたからだ」
『三銃士』などの作品で知られる作家アレクサンドル・デュマも、『料理大辞典』(1873年出版)で同じ内容を書き綴っている。
美食文学の流行のなか、「カトリーヌ伝説」には尾ひれがつき、様々な料理や食材が彼女のおかげでフランスにもたらされたことにされた。そして彼女がマカロンやアイスクリームの生みの親というストーリーは、20世紀末まで覆されることなく語り継がれてきたのだった。
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