中国に愛された坂本龍一の「ラストエンペラー」は中国音楽か日本音楽か
ニューズウィーク日本版 / 2024年2月21日 11時0分
私は大学の授業で中国の近現代史をおさらいするため、毎年のように『ラストエンペラー』を見ている。どの場面でどのような音楽が出てくるかを大体わかっているが、たとえ二胡や琵琶を用いていても、それらが「中国音楽」であるとはとうてい思えなかった。
今風に言えば、それらは「なんちゃって中華」の音楽であり、もっと言ってしまえば「坂本節」のバリエーションの一つなのだった。
二胡を用いた「ラストエンペラーのテーマ」について、インターネット上では、冨田勲作曲のNHK「新日本紀行」のテーマ曲(「オープニング・テーマ~祭の笛」)と似ているとの指摘がよく見られる。これも私にとっては「やはり」というもので、以前から同様に感じていた。
伝統的な中国音楽と日本音楽はいずれも五音音階である。坂本が300年続いた清朝の終焉をイメージした曲は、冨田が日本の農村の原風景を思い描いて書いた曲と、結果的に似てしまった。もしかすると日本人が「ラストエンペラーのテーマ」を好むのは、それにどこか懐かしい響きを感じるからだろうか。
1980年代の日本と中国
坂本龍一がデビューした1970年代末から80年代の日本では、折しも開始された中国の改革開放政策が好意的に受け止められていた。日中戦争に対する贖罪意識もあいまって、官民をあげた「日中友好」が展開された。
『ラストエンペラー』で二胡を担当した姜建華が、訪中した小澤征爾に見出されて世界デビューのきっかけを作ったことはよく知られている。拠点を東京に移したからこそ、姜建華と坂本の縁も生じたのであり、東京はアジアの現代文化のハブとして機能していた。
アジア随一の経済大国として「世界に貢献する日本」でありたいということは、当時の政財界のみならず文化界にも共有されていた。時はNHK「シルクロード」に始まる中国ブームのまっただ中である。
古代以来の中国とのつながりを踏まえつつ、現代の中国文化の発揚に協力することは、日本の文化人にとって一つの使命だった。
坂本はイタリア人のベルトルッチ監督から、「中国が舞台だがヨーロッパ映画」であることを念頭に作曲してほしいと言われていたという。坂本が自らの感性と西洋の作曲技法を用いて、1980年代の東京という場で行なったのは、文字通り東洋と西洋の橋渡しだったのではないか。
この時代とこの場所に生きる日本人だからこそ、可能だったのが『ラストエンペラー』の音楽を作ることだった。それは坂本龍一の音楽であり、中国音楽でも日本音楽でもなかったのである。
榎本泰子(Yasuko Enomoto)
1968年生まれ。東京大学大学院総合文化研究科で比較文学比較文化を専攻。学術博士。同志社大学言語文化教育研究センター助教授などを経て、現在、中央大学文学部教授。主な著書に『楽人の都・上海──近代中国における西洋音楽の受容』(研文出版、サントリー学芸賞)、『上海──多国籍都市の百年』(中公新書)、『「敦煌」と日本人──シルクロードにたどる戦後の日中関係』(中公選書)などがある。
『アステイオン』99号
特集:境界を往還する芸術家たち
公益財団法人サントリー文化財団・アステイオン編集委員会[編]
CCCメディアハウス[刊]
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「ラストエンペラーのテーマ」
The Last Emperor (Theme)/Ryuichi Sakamoto
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