「立花隆は苦手だった」...それでも「知の巨人」を描く決心をしたのはなぜだったのか?
ニューズウィーク日本版 / 2024年6月7日 9時8分
しかし、気がかりだったのは、その時期、立花の活動に触れる機会がめっきり減っていたことだった。長く続けられてきた月刊『文藝春秋』の巻頭エッセーも2019年5月号が最終回となり、その後、新連載は始まっていなかった。
そこで様子をうかがってみようと、立花の著作の編集をしていた旧知の編集者に聞いてみた。「秘書役をしている妹さんに尋ねてみる」という返事がまずあり、ややあってから、「体調が悪く、難しいようだ」という報告を受けた。こうして「アカデミック・ジャーナリズム」特集への立花の起用は幻に終わっていた。
それから間もなくして死去を知るが、気になったのは『毎日新聞』の訃報記事内に亡くなったのが4月30日だったと書かれていたことだった。葬儀などを済ませた後に死去の情報が公開されることはよくある。立花の場合もそうだったようだが、気になったのは自分が間接的に様子をうかがおうとした時期との前後関係だ。
カレンダーを確認すると死者に原稿を依頼するというホラー小説的展開はかろうじて避けられていたようだが、死期が間近のタイミングだったことは間違いなく、配慮を欠いた問い合わせをしてしまったと心が痛んだ。
旧知の編集者を頼りに回りくどい打診をしていたのは、自分自身が立花隆と殆ど没交渉だったからだ。
そう書くと意外に感じる人もいるかもしれない。筆者は科学技術関係やジャーナリズム論など、立花と近い執筆領域で仕事をしてきている。ジャーナリストを名乗りつつ、大学にも並行して所属する立ち位置も似ている。そのせいだったのだろう、訃報が出た直後に追悼文の寄稿を読売新聞から依頼されている。
「ノンフィクション作家と紹介されることも多かったが、日本のノンフィクションの書き手としては、ドラマチックな展開で物語的面白さを出そうとする指向が希薄で、事実にこだわる姿勢が極めて強かった」
そう書き出された拙文は、以後、京大霊長研を取材した『サル学の現在』や分子生物学者・利根川進へのロングインタビューの成果である『精神と物質』などに触れ、「科学界にも与えた刺激」の見出しを添えられて緊急寄稿として翌日の朝刊に掲載された。
確かに仕事の傾向では似ている面もあっただろう。だが、ごくごく正直に告白してしまえば、立花は苦手だった。
立花の書く文章は平易で明晰だ。誤解されることの少ない文章であり、事実を伝えることがジャーナリズムの使命だと考えれば、理想に近いものだと評価できる。にもかかわらず筆者はそれが好きになれなかった。
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