なぜ日本語は漢字を捨てなかったのか?...『万葉集』は試行錯誤の場ではなかった
ニューズウィーク日本版 / 2024年6月15日 10時0分
<万葉仮名とは、漢字によって日本語を必死になって文字化したものなのだろうか。日本語の文字を再考する>
古代の中国から伝わった漢字は、日本語の話し言葉と書き言葉に影響を与え続けてきた...。
『万葉集』から近代まで、漢字に光をあてて歴史をたどり、日本語を再発見。今野真二著『日本語と漢字──正書法がないことばの歴史』(岩波新書)の第1章「すべては万葉集にあり」より一部抜粋。
◇ ◇ ◇
現在私たちは、漢字と仮名(場合によってはラテン文字)とによって日本語を文字化している。
それに慣れている現代日本語母語話者は、漢字だけで日本語を文字化するというと、「そんなことができるのか」とか「大変そうだな」と思う。しかしそれは、漢字と仮名とを使っているから、そう感じるにすぎない。
東海道本線が開通すれば、東海道を歩いて行き来していた頃は「大変だっただろうな」と思う。しかし東海道新幹線が開通すれば、東海道本線は「時間がかかる」ということになる。
新しいものを獲得した時点で、獲得していない時点を想像すれば、「大変そうだな」ということになる。それはいわば「感想」のようなものといってもよい。
『万葉集』をめぐって、日本語を漢字によって必死になって文字化しようとしていた、日本語を漢字によって文字化するために試行錯誤していた、というようなことが言われることが少なくない。
しかし、そうではなかったことは漢字で文字化された『万葉集』を、よみくだした「本文」と対照しながらよんでみれば、すぐにわかるのではないだろうか。
漢字から仮名がうみだされたのは、9世紀末頃と推測されている。それは『万葉集』が成った8世紀から250年ほど後にあたる。
漢字は朝鮮半島においても使われていた。というよりも、朝鮮半島を経由して「漢字文化」は日本にもたらされた。
朝鮮半島の言語も日本語も、最初に出会った文字は漢字であった。李氏朝鮮第4代国王の世宗(セジョン)が訓民正音、現在のハングルを公布したのが1443年、15世紀のことになる。
このことをもって、日本においては短期間に漢字から仮名をうみだした、とみるむきがある。
しかしおそらくそういうことではなく、『古事記』『日本書紀』『万葉集』が成った8世紀の時点では、「漢字によって日本語を文字化する」ということが1つの到達をみていたために、そこから仮名の発生まであまり時間がかからなかったということではないだろうか。
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